#83 自己嫌悪
「さて、と。僕も着替えないと……」
そんな独り言を呟きながら、制服のボタンを外していく。
しかし――まさか特別授業の椅子並べを、よりによって僕らのクラスが担当することになるとは。
「はぁ……」とため息をつきつつ、体操服へ袖を通していると、教室のドアがガラガラと開き、見知った顔が入ってきた。
「あ……おっす」
「ん? 元気ないね。どうしたの? まさか天名と何かあったとか――」
「そういう訳じゃ――いや、そうなるのか……?」
棟哉は意味深な言い回しをしたが、僕にはその意図が掴めない。
「なるほど……まぁ、何かあったら相談くらいはしてよ? 僕らの仲なんだし」
「(いや、お前が中心っていうか……)なんでもない」
「ん?」
棟哉の小声を聞き取れず、小首を傾げる。
何か事情はあるのだろうが……あまり拗れないといいけれど。
「とにかく! さっさと着替えて体育館行くぞ!」
「……そうだね」
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「ぇ……うそ、でしょ……」
「これ、本当らしいよ。なっちゃん、水津木から直接聞いた」
今、私は更衣室から少し離れた、人気のない通路でヒオちゃんと向かい合っていた。
耳に入ってきたのは――私を助けたせいで、優斗に深い傷が残ったという話。
「私が体調を崩さなければ……気絶なんてしなければ……あのまま――」
「なっちゃん! そんなこと、あの優しいヤエが望むって、本気で思ってるの!?」
ヒオちゃんは珍しく強い口調で私を制し、真っ直ぐな眼差しを向けてくる。
「それに……私もだよ。なっちゃん、ひどいよ……」
「……ッ! ごめん、ヒオちゃん……」
言われて気づく。
あのとき命がけで助けてくれた親友たちの気持ちを、私は踏みにじってしまっていた。
「ううん、いいの。あんな事があったばかりだし、整理がつかないのは私も同じ。それに……なっちゃんの気持ち、わかるから」
優しい声が胸に染みる。
やっぱり私は――最低だ。
「ヤエに頼ってもらえなくて、寂しかったんだよね?」
「……」
「恩返ししたかったのに、話してもらえなくて悲しかったんだよね?」
自分勝手な感情で、心配してくれる友達を突き放していた。
「ごめん……本当にごめんなさい……!」
堪えきれず、涙が溢れた。
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「おーし、全員集まったな! 体育委員、号令!」
「はーい、気を付け! 礼!」
「「「よろしくお願いします!」」」
整列した僕らの前で、棟哉が張りのある声を響かせる。
なぜだろう、彼の声を聞くと自然と背筋が伸びる。
「じゃあ今日は説明通り、椅子並べをしてもらう。配置は水津木に渡してあるプリント通りだ……どうだ、いけそうか?」
「まぁ、これくらいなら40分くらいで終わらせられると思います」
涼しい顔で時間を見積もる棟哉に、クラスのあちこちから小声が飛ぶ。
「(おぉ、流石だな)」
「(あの自信ムカつくけど、やりそうだよなぁ)」
「(可愛い顔して意外とやるからなぁ)」
「誰だ今可愛いって言ったの!?」
「まぁまぁ落ち着け。それじゃ先生も手伝うからな、よろしく」
棟哉はクラスを運動得意組・不得意組でバランスよく六分割し、動きやすい体制を瞬時に作り上げた。
「ヤエは怪我してるから椅子の拭き掃除担当な。異論あるやつは?」
「「「……」」」
「じゃあ決定。終わったチームは他の手伝いに回れ。場所がない場合はヤエの作業を手伝え。――解散!」
合理的で、誰も不満を抱かない采配。
やっぱり棟哉はこういう時に頼りになる。
僕が感心して見ていると、本人は少し気まずそうに近づいてきた。
「その……病み上がりだから、無理させたくなかったんだ」
「あぁ、そういうことか。別に責めてないよ。むしろ凄いなって思っただけ」
「え? あ、あぁ……そ、そうか。サンキュー」
困惑する棟哉の反応は、妹の詩乃ちゃんに似ていて面白い。
「あーもう! 俺は行くぞ!」
「うん、ありがと~」
手を振ると、棟哉はそっぽを向きつつ、雑巾置き場を指差してきた。




