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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
83/111

#83 自己嫌悪

「さて、と。僕も着替えないと……」


 そんな独り言を呟きながら、制服のボタンを外していく。

 しかし――まさか特別授業の椅子並べを、よりによって僕らのクラスが担当することになるとは。


 「はぁ……」とため息をつきつつ、体操服へ袖を通していると、教室のドアがガラガラと開き、見知った顔が入ってきた。


「あ……おっす」

「ん? 元気ないね。どうしたの? まさか天名と何かあったとか――」

「そういう訳じゃ――いや、そうなるのか……?」


 棟哉は意味深な言い回しをしたが、僕にはその意図が掴めない。


「なるほど……まぁ、何かあったら相談くらいはしてよ? 僕らの仲なんだし」

「(いや、お前が中心っていうか……)なんでもない」

「ん?」


 棟哉の小声を聞き取れず、小首を傾げる。


 何か事情はあるのだろうが……あまり拗れないといいけれど。


「とにかく! さっさと着替えて体育館行くぞ!」

「……そうだね」


 ――――――――――――――――――――――――――


「ぇ……うそ、でしょ……」

「これ、本当らしいよ。なっちゃん、水津木から直接聞いた」


 今、私は更衣室から少し離れた、人気のない通路でヒオちゃんと向かい合っていた。

 耳に入ってきたのは――私を助けたせいで、優斗に深い傷が残ったという話。


「私が体調を崩さなければ……気絶なんてしなければ……あのまま――」

「なっちゃん! そんなこと、あの優しいヤエが望むって、本気で思ってるの!?」


 ヒオちゃんは珍しく強い口調で私を制し、真っ直ぐな眼差しを向けてくる。


「それに……私もだよ。なっちゃん、ひどいよ……」

「……ッ! ごめん、ヒオちゃん……」


 言われて気づく。

 あのとき命がけで助けてくれた親友たちの気持ちを、私は踏みにじってしまっていた。


「ううん、いいの。あんな事があったばかりだし、整理がつかないのは私も同じ。それに……なっちゃんの気持ち、わかるから」


 優しい声が胸に染みる。

 やっぱり私は――最低だ。


「ヤエに頼ってもらえなくて、寂しかったんだよね?」

「……」

「恩返ししたかったのに、話してもらえなくて悲しかったんだよね?」


 自分勝手な感情で、心配してくれる友達を突き放していた。


「ごめん……本当にごめんなさい……!」


 堪えきれず、涙が溢れた。


 ――――――――――――――――――――――――――


「おーし、全員集まったな! 体育委員、号令!」

「はーい、気を付け! 礼!」

「「「よろしくお願いします!」」」


 整列した僕らの前で、棟哉が張りのある声を響かせる。

 なぜだろう、彼の声を聞くと自然と背筋が伸びる。


「じゃあ今日は説明通り、椅子並べをしてもらう。配置は水津木に渡してあるプリント通りだ……どうだ、いけそうか?」

「まぁ、これくらいなら40分くらいで終わらせられると思います」


 涼しい顔で時間を見積もる棟哉に、クラスのあちこちから小声が飛ぶ。


「(おぉ、流石だな)」

「(あの自信ムカつくけど、やりそうだよなぁ)」

「(可愛い顔して意外とやるからなぁ)」


「誰だ今可愛いって言ったの!?」

「まぁまぁ落ち着け。それじゃ先生も手伝うからな、よろしく」


 棟哉はクラスを運動得意組・不得意組でバランスよく六分割し、動きやすい体制を瞬時に作り上げた。


「ヤエは怪我してるから椅子の拭き掃除担当な。異論あるやつは?」


「「「……」」」


「じゃあ決定。終わったチームは他の手伝いに回れ。場所がない場合はヤエの作業を手伝え。――解散!」


 合理的で、誰も不満を抱かない采配。

 やっぱり棟哉はこういう時に頼りになる。


 僕が感心して見ていると、本人は少し気まずそうに近づいてきた。


「その……病み上がりだから、無理させたくなかったんだ」

「あぁ、そういうことか。別に責めてないよ。むしろ凄いなって思っただけ」

「え? あ、あぁ……そ、そうか。サンキュー」


 困惑する棟哉の反応は、妹の詩乃ちゃんに似ていて面白い。


「あーもう! 俺は行くぞ!」

「うん、ありがと~」


 手を振ると、棟哉はそっぽを向きつつ、雑巾置き場を指差してきた。

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