#82 親友の失言
「あー美味かった! ごちそーさん」
棟哉は満足そうに手を合わせ、口元を綻ばせた。
「はいはい、お粗末さまでした。お口に合ったならよかったです」
「私も少し頂きましたが、本当に美味しかったですよ」
「しーちゃんありがとー! 久しぶりに人に作ったから、ちょっと不安だったんだよね~」
2人の感想に、陽織は胸を撫で下ろして小さく息をついた。
「このレベル作れるのに不安になるって、逆に嫌味だぜ?」
棟哉は笑いながら箸を置くと、少しだけ目を細める。
「……あーあ、俺ももっと料理できるようになりてぇな」
「先輩もある程度作れるじゃないですか。和食限定ですけど」
「まぁな。でも簡単なやつだけだ。基本は作るより、人の手伝いばっかだったし」
そう言って少し考え込み――ぽん、と手を打つ。
「……お、そうだ。今日は優斗がうち来るし、練習がてら俺も料理やってみっかな」
「え、兄さ――」
「ん? ヤエ水津木んち行くの?」
詩乃の制止は間に合わず、会話はあっという間に広がっていく。
彼女は心の中で「やばい」と察しつつも、流れを止められなかった。
「あぁ、あいつ今火が使えないだろ? だから少しずつ慣らすために、うちで料理振る舞おうかと――」
その言葉を聞いた瞬間、陽織は手にしていた弁当箱をカランと落とし、目を見開いた。
次の瞬間、我に返ると声を荒げる。
「……な、何それ!? 私そんなの聞いてないんだけど!」
その反応を見た詩乃は頭を抱え、棟哉はきょとんとした顔をした。
「あれ……そうだったか?」
「兄さん……不用心すぎます。ヤエ先輩が兄さんだけに話した可能性とか考えなかったんですか」
「す、すまん……」
陽織は俯き、ぶつぶつと独り言をこぼし始める。
「まさか……あの事件のせいで……? じゃあ私の、せい……?」
「それは違う! お前のせいなんかじゃない。あれは……事件だ。ああするしかなかったんだ」
「そうです! 私だって全部は知らないですが、ヒオ先輩は結果的に兄さんを助けたんですよ。ヤエ先輩と夏音先輩だって、ヒオ先輩が救急車を呼ばなければどうなっていたか……」
陽織は顔を上げ、目には涙が光っていた。
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「いやぁ、お腹いっぱい! 本当にありがとう、夏音」
「もう……そんな量で満足なの?」
「うん!」
子供のように笑う優斗に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
頼まれたとはいえ、ここまで喜んでくれると私まで嬉しくなる。
……棟哉くんなら、この展開を予想してたかも。
まぁ今は感謝しておこう。
少しだけ、ね。
「そういえば、あの3人はどこ行ったんだろ」
「屋上じゃないかな。水津木兄妹、どっちも地学部だし」
優斗はお弁当を包み直し、バッグにしまった。
「あ、それくらい私やるのに……。でも屋上って、勝手に行けるの?」
「いや、ご馳走になったんだし、そこまでしてもらうのも悪いよ。それに屋上は……顧問があの担任だから、まぁね」
「あー……なるほど」
そんなやりとりをしているうちに、予鈴が鳴る。
「あ、そろそろ行かなきゃ。じゃあ後でね~」
私は体操服を手に取り、優斗に手を振った。
「うん、またね」
五限目は体育。
今回は男女別で、六限目は特別授業のため席替え。
次に優斗と顔を合わせられるのは放課後になる。
「やほ~、篠原ちゃんは今から?」
「あ、うん!」
さっきのクラスメイトに声をかけられ、足を止める。
「八重桜くん、せっかく戻ってきたのに男女別なんて残念だねぇ」
「べ、別に……」
「じゃ、私はお手洗い行ってから更衣室向かうね~」
そう言って彼女は小走りで去っていった。
「もう……」
と小さく呟きつつ、更衣室へ向かう。
――間に合いそう。
急いで着替えて体育館に行かないと。
ネクタイを外し、ワイシャツのボタンに手をかけた、そのとき――
「なっちゃん! ちょっと来て!」
バンッと扉が開き、ヒオちゃんが息を切らして立っていた。
「え!? ヒオちゃん!? ちょ、今あたし前が――」
「いいから! 一回だけ来て!」
強引に手を引かれ、更衣室の外へ連れ出される。
幸いワイシャツの下にシャツを着ているから下着は見えない。
でも半脱ぎはやっぱり恥ずかしい。
もう片方の手でボタンを留めながら、私はヒオちゃんに引かれて廊下へ出た。




