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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
81/111

#81 お弁当

 お弁当の中身は特別なものじゃない。

卵焼きやウインナー、彩り程度の野菜――強いて言えば、陽子さんにもらったスパイスを少し使っているくらい。

 それでも優斗は、まるで宝箱を見つけたかのような顔で蓋を開けてくれた。


「すごい……! 美味しそう! これ、本当に貰っていいの?」

「うん、そのために作っ……いや、自分で作っただけだから!」

「気分でも十分嬉しいよ、ありがとう」


 危うく口を滑らせそうになったけれど、優斗は気にもせず素直に感謝を伝えてくれる。


「夏音、早速もらっていい?」

「あ、うん……」


 少し照れて素っ気なく返してしまったけど、優斗は嬉しそうに手を合わせた。


「やった! じゃあ、いただきます!」


 箸を持つと、ぱくぱくとリズムよく口へ運んでいく。


 ……そんなにお腹空いてたんだ。


 美味しそうに頬張る姿を見ていると、不思議と胸の奥が温かくなる。


「んーっ! 美味しい! 初めての味だ!」

「それじゃあ、私も――」


 いただきます、と言おうとしたその時。

背後からクラスメイトが顔を覗き込んできた。


「あれ? 二人ともお弁当おそろい?」


 ……まずい。

こんなこと知られたら、クラス中が騒ぎ出すに決まってる。


「うん、夏音が“気分”で二つ作っちゃったらしいから、もらってるだけ」

「気分、ねぇ……ふーん?」

「ほんとに気分だからね!?」


 にやにや笑うクラスメイトに、思わず声が上ずる。


「わかったわかった。じゃあそういうことにしとく。ごゆっくり~」


 軽く手を振って教室を出て行ったけど……ほんとに大丈夫かな。


「そういうことって、どういう意味なんだろう?」


 ……って、なんで気づかないの、この人!


「あーもう、気にしなくていいから! ほら、口元、ご飯粒ついてる」


 話題をそらすために、優斗の口元についた米粒を指で取る。


「あ、ありがとう、夏音」

「べ、別に感謝されるようなことじゃないから!」


 ……なんか最近、自分が典型的なツンデレキャラになってきてない?


 そんな自問をしながら、取った米粒を無意識に口へ放り込んでしまった。


「あっ……」


 優斗の小さな声に、私はハッとする。


 ……あれ? 今のって、間接キス……?


 顔が一気に熱くなるのを感じながら、できるだけ話題を変えつつ、残りの昼休みを過ごした。


 ――――――――――――――――――――――――――


「じゃあ、先輩。行きましょうか」

「おう。そういえば、学校で詩乃と昼飯食うの、初めてだな」

「……確かにそうですね」


 表情はそっけないが、詩乃の足取りは軽い。

奥に隠した嬉しさが、少しだけ滲んでいる。

 そこへ、棟哉の教室の方向からひとりの少女が早歩きで近づいてきた。


「おーい!」

「ん? 陽織ちゃんか。どうした、そんな慌てて」

「あんた、なっちゃんにお弁当頼んだんでしょ? 流れで私も作ってきたの!」


 青いナフキンに包まれたお弁当を棟哉に手渡す。


「おおっ!? マジか! 今から購買行っても残り物しかないし、助かる!」

「ヒオ先輩、先輩に作ってくれてありがとうございます。それで、私のは――」


 詩乃が期待を込めた目を向けると――


「ご、ごめん! しーちゃんも一緒だなんて知らなくて……あ、私の分、あげるよ!」

「い、いいです! 先輩のちょっと分けてもらいますから……」


 ピンクのナフキンに包まれたお弁当を遠慮し、手を振る詩乃。

 その様子を、陽織は微笑ましそうに見つめる。


「しーちゃん、ほんと可愛い……。あ、そういえば二人、どこ行くの?」

「激しく同意だ。とりあえず購買行くつもりだったけど、飯もらったし、屋上で食う」


 水津木兄妹は地学部で、天体観測のときによく屋上を使う。

 だから顧問がいなくても、生徒が鍵を持って行けるのだ。


「ふーん……じゃ、私も行く! なっちゃん達は二人きりの方が進展しそうだし」

「……屋上に行きたいだけだろ」

「う……」


 図星を突かれ、陽織は苦笑いで視線をそらす。


「(ヒオ先輩も、相変わらず可愛いですよね)」

「(ああ、昔から変わらねぇ)」


 やがて階段を登りきり、屋上の扉が見えてきた。


「おし、詩乃、頼む」

「了解です、先輩」


 鍵を差し込みながら、陽織が問いかける。


「そういえば、しーちゃんって学校じゃ水津木のこと“先輩”って呼ぶよね? なんで?」

「こんなのが兄だなんて、クラスメイトに思われたくないですから」


 無表情で毒を吐きつつ、鍵を回す詩乃。


「えぇ!? それって“お兄ちゃん”って呼ぶのが恥ずかしいってやつじゃ……」

「違います。それに私は一度もお兄ちゃんなんて呼んだことありません」

「昔は“兄ちゃん遊ぼー”って言ってただろ」

「……っ! いいから行きましょう!」


 足早に屋上へ入っていく詩乃を見送り、棟哉と陽織は顔を見合わせて笑いながら、その後を追った。

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