#81 お弁当
お弁当の中身は特別なものじゃない。
卵焼きやウインナー、彩り程度の野菜――強いて言えば、陽子さんにもらったスパイスを少し使っているくらい。
それでも優斗は、まるで宝箱を見つけたかのような顔で蓋を開けてくれた。
「すごい……! 美味しそう! これ、本当に貰っていいの?」
「うん、そのために作っ……いや、自分で作っただけだから!」
「気分でも十分嬉しいよ、ありがとう」
危うく口を滑らせそうになったけれど、優斗は気にもせず素直に感謝を伝えてくれる。
「夏音、早速もらっていい?」
「あ、うん……」
少し照れて素っ気なく返してしまったけど、優斗は嬉しそうに手を合わせた。
「やった! じゃあ、いただきます!」
箸を持つと、ぱくぱくとリズムよく口へ運んでいく。
……そんなにお腹空いてたんだ。
美味しそうに頬張る姿を見ていると、不思議と胸の奥が温かくなる。
「んーっ! 美味しい! 初めての味だ!」
「それじゃあ、私も――」
いただきます、と言おうとしたその時。
背後からクラスメイトが顔を覗き込んできた。
「あれ? 二人ともお弁当おそろい?」
……まずい。
こんなこと知られたら、クラス中が騒ぎ出すに決まってる。
「うん、夏音が“気分”で二つ作っちゃったらしいから、もらってるだけ」
「気分、ねぇ……ふーん?」
「ほんとに気分だからね!?」
にやにや笑うクラスメイトに、思わず声が上ずる。
「わかったわかった。じゃあそういうことにしとく。ごゆっくり~」
軽く手を振って教室を出て行ったけど……ほんとに大丈夫かな。
「そういうことって、どういう意味なんだろう?」
……って、なんで気づかないの、この人!
「あーもう、気にしなくていいから! ほら、口元、ご飯粒ついてる」
話題をそらすために、優斗の口元についた米粒を指で取る。
「あ、ありがとう、夏音」
「べ、別に感謝されるようなことじゃないから!」
……なんか最近、自分が典型的なツンデレキャラになってきてない?
そんな自問をしながら、取った米粒を無意識に口へ放り込んでしまった。
「あっ……」
優斗の小さな声に、私はハッとする。
……あれ? 今のって、間接キス……?
顔が一気に熱くなるのを感じながら、できるだけ話題を変えつつ、残りの昼休みを過ごした。
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「じゃあ、先輩。行きましょうか」
「おう。そういえば、学校で詩乃と昼飯食うの、初めてだな」
「……確かにそうですね」
表情はそっけないが、詩乃の足取りは軽い。
奥に隠した嬉しさが、少しだけ滲んでいる。
そこへ、棟哉の教室の方向からひとりの少女が早歩きで近づいてきた。
「おーい!」
「ん? 陽織ちゃんか。どうした、そんな慌てて」
「あんた、なっちゃんにお弁当頼んだんでしょ? 流れで私も作ってきたの!」
青いナフキンに包まれたお弁当を棟哉に手渡す。
「おおっ!? マジか! 今から購買行っても残り物しかないし、助かる!」
「ヒオ先輩、先輩に作ってくれてありがとうございます。それで、私のは――」
詩乃が期待を込めた目を向けると――
「ご、ごめん! しーちゃんも一緒だなんて知らなくて……あ、私の分、あげるよ!」
「い、いいです! 先輩のちょっと分けてもらいますから……」
ピンクのナフキンに包まれたお弁当を遠慮し、手を振る詩乃。
その様子を、陽織は微笑ましそうに見つめる。
「しーちゃん、ほんと可愛い……。あ、そういえば二人、どこ行くの?」
「激しく同意だ。とりあえず購買行くつもりだったけど、飯もらったし、屋上で食う」
水津木兄妹は地学部で、天体観測のときによく屋上を使う。
だから顧問がいなくても、生徒が鍵を持って行けるのだ。
「ふーん……じゃ、私も行く! なっちゃん達は二人きりの方が進展しそうだし」
「……屋上に行きたいだけだろ」
「う……」
図星を突かれ、陽織は苦笑いで視線をそらす。
「(ヒオ先輩も、相変わらず可愛いですよね)」
「(ああ、昔から変わらねぇ)」
やがて階段を登りきり、屋上の扉が見えてきた。
「おし、詩乃、頼む」
「了解です、先輩」
鍵を差し込みながら、陽織が問いかける。
「そういえば、しーちゃんって学校じゃ水津木のこと“先輩”って呼ぶよね? なんで?」
「こんなのが兄だなんて、クラスメイトに思われたくないですから」
無表情で毒を吐きつつ、鍵を回す詩乃。
「えぇ!? それって“お兄ちゃん”って呼ぶのが恥ずかしいってやつじゃ……」
「違います。それに私は一度もお兄ちゃんなんて呼んだことありません」
「昔は“兄ちゃん遊ぼー”って言ってただろ」
「……っ! いいから行きましょう!」
足早に屋上へ入っていく詩乃を見送り、棟哉と陽織は顔を見合わせて笑いながら、その後を追った。




