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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
79/111

#79 ネクタイ

「……とまあ模型の話はこのくらいにしておくか」


 棟哉は場を締めるようにパンと両手を叩いたが、目線の端はまだ飛んでいった模型の行方を追っているようだった。


「ホームルームまでまだ時間あるだろ? ほら、簡単なもんだけど作ってきてやったぞ」

「作ったのは私ですけどね、兄さん」


 横で詩乃ちゃんが、むっとしたような表情で即座に訂正する。


「あはは……ありがたくいただくよ」


 そう答えて二人をリビングに招き入れると、三人そろって腰を下ろした。


「……急に決めたので簡単なおにぎりですが……お口に合えばいいのですが」


 詩乃ちゃんがバッグから取り出したのは、ふりかけが混ぜ込まれた、小ぶりで丸いおにぎり。

ラップ越しにほんのり温かさが残っている。


 多分、手の大きさに合わせてこのサイズになったんだろうな……と、そんなことを思いながらも、作ってくれたことが素直に嬉しかった。


「わぁ……! 美味しそう。……もう食べてもいい?」


 昨日の晩ご飯をしっかり食べられなかったせいか、空腹が急に主張してきて我慢できなくなった。


「はい、どうぞ」

「じゃあ、いただきます」


 一口かじると、ふわっと広がる塩気と、絶妙なふりかけの香ばしさ。

これは……やっぱり棟哉の入れ知恵かもしれない。


「……どうですか?」


 少し不安そうに見つめてくる詩乃ちゃん。


「うん、とっても美味しい! ありがとう!」


 嘘でもお世辞でもなく、心からの感想だった。

彼女の表情がぱっと明るくなり、胸の奥が少し温かくなる。


「そうですか……良かった」


 そんな空気の中、棟哉がこっそりと手を伸ばし――


「詩乃……俺もひとつ」

「ダメ。兄さんには朝あげたでしょ」


 ピシャリと手を叩かれ、棟哉はしゅんと肩を落とした。


「あ……はい……」


 そのやりとりに笑いをこらえながら、僕は最後のひとつを口に運んだ。


――――――――――――――――――――――――――


 朝食を終えたあと、別々に行く理由もなく、僕たちは三人で学校へ向かうことにした。

 詩乃ちゃんは機嫌よく鼻歌交じり、棟哉は例の模型をまだ諦めきれない様子で道端をキョロキョロ。


「まじで結構したんだぞ……」

「兄さんはもっと別のことにお金を使って」

「あはは……」


 軽口を聞きながら、ふと気づく。

棟哉とこうやって登校するのは、随分久しぶりだ。

前はいつだったか……思い出そうとしたその時――


「……おーい、ヤエ!」


 肩を叩かれて我に返る。


「もう着きましたよ」


 いつの間にか、夏音の家の前まで来ていた。


「あれ? 本当にもう……」

「さっきからずっとぼーっとしてましたけど……大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫。心配かけてごめん」


 安心したように微笑む詩乃ちゃんの横で、棟哉がインターホンを押す。


『はーい、ちょっと待ってー!』


 スピーカー越しの夏音の声に、胸の奥が少しだけざわつく。


「そういえば二人って、いつも一緒に登校してるの?」


「なんだ、やっぱ聞いてなかったのか」

「事件のあと、女の子だけで登校は危ないって兄さんが……結果的に寝坊防止にもなってます」

「あはは……確かに棟哉はいつもギリギリだもんね」


 そんな会話をしていると、家の奥からドタバタと慌ただしい音が響いてきた。


『もーなっちゃん! だから着替え置いとけって!』

『ご、ごめん! つい楽しくなっちゃって!』


 玄関が開き、息を弾ませたヒオちゃんが顔を出す。


「おっはよー! 遅れてごめん!」

「ヒオちゃん! あたし靴まだ……」


 夏音が慌ててローファーを履き、立ち上がった瞬間――ネクタイがふわりと浮く。


「おぉ、健康的」

「兄さん!?」「水津木!?」

「いてっ!? 男なら仕方ないだろ!?」


 そのやり取りを横目に、夏音がこちらに駆け寄ってくる。


「あ、おはよう優斗!」

「おはよう。……ネクタイ曲がってるよ」

「あれ? 本当だ……」


「僕が直すよ」

「……え? 優斗が?」


 少し赤くなった顔で、彼女は小さくうなずいた。


「じゃあ……お願い」


 周囲からの小声が耳に届く。


「(え、逆じゃない?)」

「(ヤエ先輩、積極的……)」


 動揺を押し殺し、夏音の首元に手を伸ばし、結び目を整える。


「はい、終わり」

「……ありがと」


 わずかな沈黙が、妙に長く感じられた――。

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