表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
78/111

#78 スパイス

「夏音ちゃん、おまたせ~」


 私が薬を飲み終えたちょうどその頃、陽子さんが部屋の奥から現れた。

 手には、茶色い粉が入った小瓶を持っている。


「陽子さん! 優斗に作ってあげるわけじゃないですって!」

「あら? じゃあ誰に作ってあげるの?」


 陽子さんは、まるで“何を言っているの、この子は”と言わんばかりに小首を傾げた。


「え、えっと……あ、部活の後輩に……」

「もう夏音ちゃん、部活入ってないでしょ? じゃあ私特製スパイスを使ってお弁当を作るわよ!」


 あっさりと嘘を見破られた上に、陽子さんはご機嫌で小瓶を手渡してくる。


「……これは、カレースパイスですか?」

「うーん、半分正解ね。香り、嗅いでみて」


 “半分”という意味がよくわからないまま、私は蓋を開けて香りを確かめた。


「……カレーっぽいけど、それだけじゃない……?」


 どこかで嗅いだような、でもはっきりと思い出せない香り。

 それでいて、妙に食欲をそそる匂いだった。


「とりあえず何も聞かずに、ちょっと試してみて?」

「いいんですか……? じゃあ……」


 手に少しだけ粉を出し、そのまま舐めてみる。


「え!? なにこれ、すっごい美味しい!」


 バジルソースにカレーの風味を加えたような、言葉にしづらい味。

 でも、これは絶対喜ばれるやつだ。


「でしょ!? これなら誰の胃袋も掴めるわ!」

「ですね! よーし、久しぶりに頑張っちゃうぞー!」


 そう言って腕を振り上げたところで、部屋の扉がゆっくり開いた。


「ふぁああ……おはよ~……」

「あ、ヒオちゃんおはよう! せっかくだし、ヒオちゃんのも作ってあげるね!」

「え? 今日はなっちゃんが作ってくれるの!? やった、楽しみ!」


 さっきまで眠そうだったのに、目が一気に輝き出すヒオちゃん。


「りっちゃんも、せっかくだし棟哉くんに作ってあげたら? 今日も来るんでしょ?」

「え、うーん……まあ、幼馴染のよしみで、たまには作ってあげますかぁ」


 少し渋い顔をしているけど、絶対内心では乗り気だな……と私はひとり微笑む。


 ――――――――――――――――――――――――――


「よし、忘れ物はなしっと……」


 棟哉から連絡があった直後、制服に着替え、昨日用意した教科書やノートをリュックに詰める。


「あの口ぶりだと、朝ご飯は棟哉が用意してそうだし……少しゆっくりしてもいいかな」


 でも、あいつのことだ。

おにぎりにわさびを仕込むくらい平気でやる。

 何を渡されても、まずは毒味させよう……よし。


 そんなことを考えていると、タイミングよくチャイムが鳴った。


「……ほんとに来たか。二度寝しててもおかしくないのに」


 独り言を呟きながら玄関へ向かおうとしたとき――


『兄さん! いくらなんでもそれはひどいって! ヤエ先輩倒れちゃう!』

『いいじゃねぇか詩乃! こういうの、久しぶりだろ!』


 ……玄関の前で水津木兄妹が盛大に騒いでいるらしい。


 はぁ……朝からこのテンションに付き合える自信がない。


 溜息をつきながら玄関の扉をそっと開けた。


「「あ」」


 棟哉は後ろ手に何かを隠し、詩乃ちゃんは棟哉に抱きつく形。

 二人とも、ぽかんとこちらを見て固まっている。


「「………………」」

「あ、お邪魔しました……」


 ゆっくりと扉を閉める。


『ちょ、閉めないでください!』

『俺たちはそんな関係じゃ――いや、詩乃とならアリ寄りでは……?』


 棟哉、それはさすがにどうなんだ。


 苦笑していると、玄関先で二人の影が動いた。


『兄さん、スキあり!』

『なああぁぁぁ!! それ高かったのに……!』


 詩乃ちゃんが棟哉から何かを奪い、見事なフォームで放り投げたように見える。


「あはは……ほんとに仲いいなぁ」


 ……正直、少しだけ羨ましい。

 待たせるのも悪いし、そろそろ行くか。


 もう一度扉を開く。


「あ、おっす、優斗」

「おはようございます、ヤエ先輩」


 棟哉はしょんぼり、詩乃ちゃんはほっとした様子で頭を下げた。


「おはよう二人とも……さっきのは何だったの?」

「俺、この間ネットで買っためっちゃリアルな虫の模型があってな――」

「もういい! 聞きたくない!」


 耳を塞ぐ僕を見て、水津木兄妹は楽しそうに笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ