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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
75/111

#75 トラウマ

「……今日は災難だ」

「あはは……」


 しっかりと絞られたあと、さすがに今日は無茶をすまいと悟ったのか、先生は軽く挨拶だけして学校の方へ戻っていった。

 一方で棟哉は、突撃しようとした件に加えて、日頃の行いについても色々言われたらしい。


 ……正直、物宮先生がそれを言うの!?

と突っ込みたくなるほどのブーメラン発言だったから、僕は内心驚いてしまった。


「ま、そんなバカは放っといて、私たちは帰ろ~。なっちゃーん」

「うん、そうだね」

「ひでぇ!? もうちょい慰めるとか無いのかお前ら……」


 夏音の家までもうすぐ――そう思った瞬間。


「ああぁぁぁッ!? あれ!? 家通り過ぎてた!?」


 気づけば考え事に夢中で、自分の家を通り過ぎてしまっていた。


 ……我ながら、どれだけ天然なんだ僕。


「うお、びっくりした。帰らないのかって聞いたら『ぅん……』って上の空だったから、面白そうだしそのまま連れて来ちまった」

「私はてっきり、なっちゃんを見送るためかと」

「ちょっとヒオちゃん!?」


 夏音は抗議しつつも、どこか寂しげな表情をしていた。


「僕も今日は災難だ……質問攻めにされるわ、家は通り過ぎるわで」

「優斗は二週間寝たきりだったんだし、多少は仕方ないって」

「ほらほら、さっさと帰ろ? 先生にも“速やかに下校”って言われたし」


 天名の言葉に、僕たちは互いに視線を合わせ、こくりと頷く。


「よし! じゃあ解散! また明日ね~」

「おう、また明日な」


 棟哉と天名は手を振り合い、その場を離れていった。


 けれど――


「「……あの!」」


 夏音と別れるのが惜しくて、僕は言葉を詰まらせた。

 彼女も同じように、うまく声を出せていない。


「……じゃ、じゃあね、夏音」

「……うん、また……優斗」


 気づけば、棟哉と天名はもう帰っていた。


――――――――――――――――――――――――――


「ただいまー……」

「あれ? おかえりー……早かったね?」


 私が家に戻ると、制服のネクタイを緩めたヒオちゃんが出迎えてくれた。


「早いって……別に私は――」

「てっきり、ヤエの家まで一緒に行くのかと――って、わわっ!」


 慌ててヒオちゃんの両肩をがしっと掴み、その口を止める。


「……っ!!」

「わ、わかったから! 無言で肩を掴むのやめて!」

「ふぅ……もー、もうやめてよね!」

「はーい……」


 手を放してため息をつくと、ヒオちゃんは小さく笑った。


「んふふ、でも怒るってことは図星なんだねぇ。なっちゃん、かわいい」

「ん? 何か言った?」

「何でもなーい!」


――――――――――――――――――――――――――


「ただいまー……」


 玄関のドアを開けると、わずかに埃が舞った。

 朝に掃除したわけでもなく、家にいた時間も短かったせいだろう。


「はぁ……色々やらなきゃな……」


 靴を脱ぎながらそうつぶやき、洗面所へ向かう。


「あ、そうだ……食材、もうダメになってるよな……」


 買い物に行くべきか……いや、今月は入院代もあって厳しい。

 しばらくは節約生活だな。


「貯金も崩しちゃったし、贅沢はできない……」


 手袋を洗濯機に放り込み、手を洗おうとすると――


「いてて……これは……」


 所々に茶色い痕や水膨れが残る手は、水が触れるだけでも痛む。


「さて! 何か作れるものを探しますか!」


 冷蔵庫を開けて確認する。

じゃがいもは芽が出ているが使えそうだ。

玉ねぎも無事。

 お肉は……冷凍庫から発見。


「詩乃ちゃん、ファインプレー……ありがとう。今度何かご馳走するから」


 食材は全部無事だった。


「よし、カレーが作れるな! 買い物行かずに済んでよかった!」


 ゴム手袋をはめ、包丁を手に取る。

 ストン、ストンと野菜を切る音が響く。


「久しぶりでも意外と腕は落ちてないな」


 均等に切られた野菜を鍋に入れ、水を加え、コンロに手を伸ばす――


「……ッ!!」


 スイッチに触れた瞬間、心臓が激しく脈打ち、手が震えた。


「あ、あれ……? 火をつけるだけなのに……」


 無理やり力を込めて火を点けた途端、あの光景が蘇る。


 焼け付くような熱気、赤く染まる視界、大切な友人たちの危機――。

 すべてが鮮明に。


「はぁ……はぁ……ぼ、僕は……」


 火が、怖い。

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