#73 寝顔
僕たちは、チャイムが鳴ると同時に席へ滑り込むことができた。
「ギリギリセーフ! 危なかったー!」
「はぁ……はぁ……な、なんとか間に合った……」
夏音は息一つ乱れていないが、僕はすでに息切れ状態だ。
「よぉ、お疲れさん」
「本当にギリギリだったねぇ。……っていっても、この授業は映画観るだけだけどさ」
棟哉は四席並びの一番左に、天名さんは一番右に腰掛ける。
僕らはその真ん中が定位置だ。
「はぁ……はぁ……もうダメ……僕もう倒れる……」
「まあ、忘れ物と遅刻だけ気をつけりゃ、倒れても誰も困らねぇよ」
「ちょ、棟哉くん!?」
歴史の授業といっても、この学校では基本的に視聴覚室で映画鑑賞がメイン。
席は自由だが、座る位置はほぼ固定。
月に一回の小テストこそあるものの、教科書順にノンフィクション映画を流し、見終わったらレポートを提出――そんな緩めの授業だ。
「今更だけど、こんな授業ばっかで大丈夫なのかな……」
「気にしたら負けだぜ、ヤエ」
「あはは……」
僕の小声に棟哉が笑いながら耳打ちしてくる。
聞こえていなかったのか、夏音は小首をかしげて不思議そうな顔をしていた。
そんなやり取りのうちに、先生が部屋を暗くし、スクリーンに映像が映し出される。
……あ、まずい、眠くなる。
上映開始からわずか十分。
暗い室内とまぶしい映像は、容赦なく眠気を呼び寄せる。
そういえば今日は朝から一睡もしていなかった。
隣を見ると、夏音はすでに夢の中――安らかな寝顔を浮かべている。
……きっといい夢を見てるんだろう。
僕も、またあの夢が見られるだろうか。
そんなことを考えながら、浅い眠りへと落ちていった。
――――――――――――――――――――――――――
「……あれ? あたし、寝ちゃって――」
「(なっちゃん起きた? 今日の映画、結構面白いよ!)」
目を開けると、ヒオちゃんが小声で話しかけてきた。
「(ヤエが来て安心しちゃったんだねぇ)」
「(ち、違うよ! ……で、どんな話なの?)」
「(えへへ……今日はね――)」
内容は、恋人のために命を懸けて国を変えようとしたある偉人の裏話だという。
「(……面白そう)」
そう言いながらも、私は視線を優斗に向ける。
優斗も、私のために……あの火事で命を懸けてくれた。
……もし彼だったら、日本の偉い人にだってケンカを売りに行くのかな。
「(なっちゃーん? ……あ、ダメだ。考え事モード入ってる)」
寝顔は子供っぽくて、普段とのギャップが可愛い。
そっと頬をつつくと――
「……ん、やめてよ……なつね……」
寝言まで、私の名前。
ちょっと嬉しいけど、申し訳ない気もして、今度はそっと頭を撫でた。
「ん……きもちいい……」
柔らかな寝言とともに、優斗の表情がふわりと緩む。
……ほんと、可愛すぎ。
「(ねぇねぇ、そろそろ――)」
「ひあぁっ!!!??」
肩をポンと叩かれ、私は大声を出してしまった。
「篠原さん、視聴中は静かに!」
「ご、ごめんなさい! ヒオちゃんが――」
「えぇ!? 私なの!?」
……そんな一部始終を、棟哉は優斗越しに全部見ていた。
――――――――――――――――――――――――――
「今日のところはこれでおしまい! 続きは次回ねー!」
チャイムの音で目を覚ますと、先生が授業を締めていた。
結局、内容はほぼ覚えていない。
夢も、目が覚めた瞬間に霧のように消えていった。
隣の夏音はすでに起きていて、なぜかじっと僕の顔を見ている。
「ふわぁ……ん? どうしたの?」
「ッ! な、なんでもない! 気にしないで!」
「……そっか?」
そっぽを向き、頬を赤くする夏音。
その様子に、僕まで妙に気恥ずかしくなった。
「……はい起立! 礼!」
まるで会話が終わるのを待っていたかのようなタイミングで号令がかかる。
「「「ありがとうございましたー」」」
ほとんど寝起きの声だ。
……この学校、大丈夫かな。
そんなことを思いつつ、夏音と、にやにや顔の棟哉、天名と共に教室へ向かう。
「……棟哉、天名。なに、その顔」
「「いや、なんでも?」」
「……そっかぁ?」
……まあ、気にしないでおこう。




