#72 手を引きながら
「「ごちそうさまでした!」」
偶然にも声がそろい、私たちは軽く手を合わせた。
久しぶりに優斗と一緒に食べた昼食の時間は、まるで一瞬で過ぎてしまったかのようだった。
「いやぁ……美味しかった。こんなにしっかり食べたの、久しぶりだからさ。ちょっとお腹が苦しいよ」
優斗は満足そうに笑う。
――でも、そのお弁当、そんなに量あったかな……?
「満足できたならいいけど、もう少し食べないと体力つかないよ?」
「ははは、そうかもね。今はまだ病み上がりだから量は入らないけど……今後はもっと食べて体作らないとなぁ」
優斗は軽く笑いつつも、どこか真剣な表情を浮かべた。
そういえば――どうして優斗って、こんなに体力ないんだろう?
食が細いせいもあるだろうけど、これまで運動してなかったのも理由かもしれない。
……でも、棟哉くんから聞いた話だと、火事のとき私を背負って逃げ出してくれたらしい。
つまり、それなりに筋力はあるはず。
じゃあ……体力だけが極端に低い?
それとも――
「……夏音? 僕のこと、じっと見てどうしたの?」
はっと我に返ると、優斗が少し照れたように顔を逸らしていた。
「へっ!? な、なんでもない! 気にしないで!」
「そう? 寝不足だったりする?」
「ほんとになんでもないから!」
「……わかったよ。そこまで言うなら」
少しだけ首を傾げながらも、優斗は引き下がってくれた。
……変な子だって思われてないといいけど。
そんなことを考えていたとき、背後から声が飛んできた。
「おーい、二人とも! そろそろ授業始まるぞ!」
「次は移動教室だよ! みんなもう移動しちゃってる!」
慌てて時計を見ると、すでに予鈴は過ぎていた。
教室には、声をかけてくれた棟哉くんとヒオちゃん、そして私と優斗の4人だけ。
「あ、もうそんな時間!? 急がなきゃ……っと」
優斗が立ち上がった瞬間、ふらついて机に手をつく。
「ちょっと、大丈夫!?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと立ち眩みしただけだよ」
そこへ棟哉くんが歩み寄り、手を差し出す。
「無理すんなよ。ほら、教科書持ってくから」
「助かるよ、棟哉」
棟哉くんは荷物を受け取ると、先に走り出した。
「席に置いとくから、気をつけて来いよー!」
「こら水津木! 廊下は走るな!」
ヒオちゃんは苦笑しつつ、早歩きでその後を追う。
「……二人とも元気だね」
「あはは、そうだね。ほら、私たちも行こ?」
私は優斗に手を差し出す。
「うん。……ちょっと急ごうか」
手を取った優斗を、負担にならない程度に引きながら歩き出す。
――この瞬間だけ、何か特別な時間を過ごしている気がして、胸が高鳴った。
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「(あれが噂の……)」
「(思った以上だな)」
「(うん、結構お似合い)」
……周囲の視線が痛い。
夏音に手を引かれて別の教室へ向かっているだけなのに、やたらと見られている。
中には嫉妬や苛立ちを含んだ視線もあって……。
夏音は綺麗だし、愛嬌もあるし……そりゃあ、そういう目にもなるよな。
「あ、あの……夏音……?」
「…………」
教室を出たあたりから、握る手の力が少しずつ強くなっていた。
廊下で会話もなく、頬もほんのり赤い。
視線に気づいて緊張しているのかもしれない。
「夏音、そろそろ手を離しても……大丈夫、だよ?」
「へっ!? あ、あぁ……ごめんね! ずっと握っちゃってて」
慌てて手を離すと、その顔はのぼせたように真っ赤になっていた。
すると、周りの視線が一気に柔らかくなる。
さっきまでの刺々しさが嘘みたいに。
「ううん、気にしないで。……ほら、早く行かないと授業始まっちゃう」
「そ、そうだね」
夏音の言葉に笑みを返し、並んで歩く。
安心したように笑う彼女を見て、胸の奥が少し温かくなった。
――ただ、視線の痛さは半分くらい残っていたけど。




