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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
72/111

#72 手を引きながら

「「ごちそうさまでした!」」


 偶然にも声がそろい、私たちは軽く手を合わせた。

 久しぶりに優斗と一緒に食べた昼食の時間は、まるで一瞬で過ぎてしまったかのようだった。


「いやぁ……美味しかった。こんなにしっかり食べたの、久しぶりだからさ。ちょっとお腹が苦しいよ」


 優斗は満足そうに笑う。

 ――でも、そのお弁当、そんなに量あったかな……?


「満足できたならいいけど、もう少し食べないと体力つかないよ?」

「ははは、そうかもね。今はまだ病み上がりだから量は入らないけど……今後はもっと食べて体作らないとなぁ」


 優斗は軽く笑いつつも、どこか真剣な表情を浮かべた。


 そういえば――どうして優斗って、こんなに体力ないんだろう?

 食が細いせいもあるだろうけど、これまで運動してなかったのも理由かもしれない。

 ……でも、棟哉くんから聞いた話だと、火事のとき私を背負って逃げ出してくれたらしい。

 つまり、それなりに筋力はあるはず。


 じゃあ……体力だけが極端に低い?

 それとも――


「……夏音? 僕のこと、じっと見てどうしたの?」


 はっと我に返ると、優斗が少し照れたように顔を逸らしていた。


「へっ!? な、なんでもない! 気にしないで!」

「そう? 寝不足だったりする?」

「ほんとになんでもないから!」

「……わかったよ。そこまで言うなら」


 少しだけ首を傾げながらも、優斗は引き下がってくれた。


 ……変な子だって思われてないといいけど。


 そんなことを考えていたとき、背後から声が飛んできた。


「おーい、二人とも! そろそろ授業始まるぞ!」

「次は移動教室だよ! みんなもう移動しちゃってる!」


 慌てて時計を見ると、すでに予鈴は過ぎていた。

 教室には、声をかけてくれた棟哉くんとヒオちゃん、そして私と優斗の4人だけ。


「あ、もうそんな時間!? 急がなきゃ……っと」


 優斗が立ち上がった瞬間、ふらついて机に手をつく。


「ちょっと、大丈夫!?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと立ち眩みしただけだよ」


 そこへ棟哉くんが歩み寄り、手を差し出す。


「無理すんなよ。ほら、教科書持ってくから」

「助かるよ、棟哉」


 棟哉くんは荷物を受け取ると、先に走り出した。

「席に置いとくから、気をつけて来いよー!」

「こら水津木! 廊下は走るな!」


 ヒオちゃんは苦笑しつつ、早歩きでその後を追う。


「……二人とも元気だね」

「あはは、そうだね。ほら、私たちも行こ?」


 私は優斗に手を差し出す。


「うん。……ちょっと急ごうか」


 手を取った優斗を、負担にならない程度に引きながら歩き出す。

 ――この瞬間だけ、何か特別な時間を過ごしている気がして、胸が高鳴った。


 ――――――――――――――――――――――――――


「(あれが噂の……)」

「(思った以上だな)」

「(うん、結構お似合い)」


 ……周囲の視線が痛い。

 夏音に手を引かれて別の教室へ向かっているだけなのに、やたらと見られている。

 中には嫉妬や苛立ちを含んだ視線もあって……。


 夏音は綺麗だし、愛嬌もあるし……そりゃあ、そういう目にもなるよな。


「あ、あの……夏音……?」

「…………」


 教室を出たあたりから、握る手の力が少しずつ強くなっていた。

 廊下で会話もなく、頬もほんのり赤い。

 視線に気づいて緊張しているのかもしれない。


「夏音、そろそろ手を離しても……大丈夫、だよ?」

「へっ!? あ、あぁ……ごめんね! ずっと握っちゃってて」


 慌てて手を離すと、その顔はのぼせたように真っ赤になっていた。

 すると、周りの視線が一気に柔らかくなる。

 さっきまでの刺々しさが嘘みたいに。


「ううん、気にしないで。……ほら、早く行かないと授業始まっちゃう」

「そ、そうだね」


 夏音の言葉に笑みを返し、並んで歩く。

 安心したように笑う彼女を見て、胸の奥が少し温かくなった。


 ――ただ、視線の痛さは半分くらい残っていたけど。

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