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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
68/111

#68 気になる人

 その後、棟哉は自室のベッドに身を投げ出すように横たわり、さきほど胸の奥からこぼれた独り言を反芻していた。


「……俺も、過去に……ヒナに囚われずに進んだ方がいいんだろうけどな」


 頭では理解している。

 けれど、その一歩を踏み出そうとする自分を、心がどうしても許してくれない。


「……いや。これは俺の罪だ。俺が覚えていなきゃ……誰が償うってんだ」


 心に言い聞かせるように呟きながら、瞼を静かに閉じる。

 その時――コン、コン、と二度、部屋のドアが軽く叩かれた。


「兄さん、起きてる? 父さんが話あるって」

「あぁ……わかった。今行く」


 昼過ぎまで出歩き、日が落ちるまで帰らなかった。

 どうせ叱られるに違いない――そう結論づけた棟哉は、妹には聞こえないようにため息を落とし、のろりと身体を起こしてドアへと向かった。


――――――――――――――――――――――――――


 優斗との通話を終えて、数分。

 まだ胸の鼓動が早く、頬の奥までじんわりと熱がこもっているのを感じていた。


 ……これは、きっと、会話が盛り上がって興奮しているだけ。

そういうこと、のはず。


 気持ちを落ち着かせようと、ゆっくり深呼吸を――


「それっ」

「ひゃっ……!?」


 意識の外から飛び込んできた両手が、容赦なく脇腹をつつく。


「ほーらほらほら、参ったか~?」

「はははっ! や、やめてってば! 参った! 参ったから!」


 鼓動がさらに加速する。

だがこれは、明らかに別の意味でだ。


「も、もう……急に何すんのよ、ヒオちゃん!」


 振り返れば、悪びれるどころか「やってやった」とでも言いたげにニヤニヤ顔の同級生兼同居人が立っていた。


「だってさ~、声かけても全然反応なかったんだも~ん」

「“も~ん”じゃないよ! 本気で心臓止まるかと思った!」


 軽い抗議をする私に、ヒオちゃんは「ごめんごめん」と手をひらひらさせつつも、にやけ顔のまま話を切り替える。


「それでさっきちょっと聞こえちゃったんだけどさ、なんか良い雰囲気じゃありませんでしたか2人とも!」

「ええっ!? 聞いてたの!?」


 さっきの会話を思い出し、最後の一言を聞かれていたと悟った瞬間、顔から火が出そうになる。


「それで? お二人さんは私の知らない間に、どこまで進展しちゃったわけ?」

「え、えっと……そ、その……ゆ、優斗と……添い寝を――」


 私が小声で言いかけた瞬間、ヒオちゃんは目をまん丸にして叫んだ。


「添い寝ぇぇ!? ちょっ、それ本気!? もうそんなとこまで行っちゃったの!?」

「ちょ、声大きいってば……!」

「えぇ……その乙女な反応……まさか本当に? ……ヤエに聞いてみよっかな~」


 ニヤニヤと不敵に笑うヒオちゃんに、私は即座に首を振る。


「ダメ! ぜっっったいダメ!! あと私は普通の乙女だから!」

「んー、そうだね~。“恋する乙女”だもんね~」

「やめてよもう! もう!!」


 頬を膨らませて抗議しながらも、私は反撃に出る。


「じゃあヒオちゃんは? 気になる人とかいないの? ……確かに優斗、見た目はカッコいいし、ちょっと抜けてるとこあって可愛いけど――」

「あーはいはい、そこまで言わなくていいって。私? うーん……強いて言えば、水津木かな」

「棟哉くん? 確かに仲いいし、一応幼馴染だよね?」

「幼馴染って言っても本当に形だけだけどね? でも、この間の事件でさ……普段と違う水津木が見えたんだ」


 ヒオちゃんは少し遠い目をして、ぽつぽつと言葉を継ぐ。


「普段はおバカで適当なのに、あの時は真剣で、真っ直ぐで……“何があってもなっちゃんを助ける”って意思が伝わってきてさ」

「……そっか。それは確かにカッコいいかも」

「でしょ? ちょっとギャップに惹かれたけど……まぁ、水津木はやっぱナシかな」


 あんなに仲がいいのにナシ……理由が気になる。

 でも深くは聞かない方がいいだろう。


「あ、ごめん! 変な言い方しちゃったね。水津木なんてバカだし、何するかわかんないからナシってだけ」


 笑ってそう言うけれど、どこかにほんのわずかな裏があるような……そんな気がした。


「……そろそろお風呂入ったら?」

「あ、もうそんな時間? 休みも終わりかぁ」

「うん……明日から、頑張らないとね」


 そう言いながらも、私の胸の中には、明日が楽しみで仕方ないという気持ちが静かに広がっていた。

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