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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
67/111

#67 あだ名

「……明日から学校、かぁ」


 長い休暇明けとは違う。

 まるで長期間サボった後のような、懐かしさと少しの憂鬱が入り混じった感覚――。

 中学時代の、あの時の気持ちに似ている。


「ん……電話?」


 窓の外を見やり、夜の街明かりに目をやっていた時、不意にスマホが鳴った。

 画面には「夏音」の文字。


 この時間に、どうしたんだろう。

 何かあったのか……。


 そんな考えが頭をよぎるが、通話ボタンを押す。


「もしもし? どうしたの、こんな時間に」

『優斗、こんばんは! 明日のことでちょっと話があってさ~』


 明るい声が、不安を一瞬で消していく。

さっきまでの心配が、拍子抜けするくらいに。


『学校のみんな、優斗がなんで休んでるか知らないんだけどさ。このまま“2週間原因不明で欠席”ってなると、絶対みんな気になるじゃん? だから――』

「ちょっと待って。……こんばんは、夏音。つまりは、僕が質問攻めにならないように、理由をあらかじめ作っておこうってこと?」

『おぉ~流石優斗! でね、その理由なんだけど……トラックに轢かれそうな猫ちゃんを、優斗が右腕をぶつけながらも助けるの! で、その猫ちゃんに左腕を引っかかれて、両腕が見せられない状態で――』


 電話越しでも笑顔が想像できるくらい、夏音は楽しそうに早口でまくしたてる。


「落ち着いて、もう少しゆっくり。……うん、ドラマチックだけど、2週間休む理由としては厳しいかも」

『あぁ、ごめん! 確かにちょっと無理があるかも……』

「しかも、しばらくは包帯をつけるとはいえ、手袋くらいはずっとしてる予定だよ?」


 でも――そんなふうに気を遣ってくれることが、素直に嬉しい。


『そっか……じゃあ、どうするの?』

「うーん……隠しきれないだろうし、“火傷した”ってことはちゃんと伝えたほうがいいと思う」

『……優斗、ごめ――』

「今はそれ、なし! 夏音は気にしなくていい」


 その瞬間、受話口から安堵の吐息が漏れる。


『……ありがと。でも、ちょっとお節介だったかな』

「ううん、そんなことない。……さっきの理由はともかく、正直、夏音の声が聞けて嬉しかった」

『そ、そそそっか! あたしも……優斗の声が聞けてよかった』

「…………」『…………』


 しまった……! 安心させようとして、つい本音を。


 結果、予想通り妙な沈黙が生まれる。


『そ、それじゃ明日も早いし、このへんで! おやすみ、優斗!』

「う、うん。おやすみ、夏音」


 通話が切れると同時に、ぽつりと呟く。


「……夏音、優しいな」


 だが同時に、胸の奥から寂しさがこみ上げてくる。


「早く……夏音に会いたいな」


 そんな心の声が、無意識に口から出ていた。


 ――――――――――――――――――――――――――


「もしもし? 今、大丈夫か」

『んー? どうしたの、こんな時間に』


 棟哉は陽織に電話をかけていた。


「いや……その、今日はすまなかった。それと、ありがとう」

『なに、急に。今日のことは本当に気にしてないよ?』

「お前、ヒナに用事あったんだろ? 俺が邪魔したし……励ましてまでくれた。ヤエのことも……俺は、ヒオに貰いっぱなしだ」


 彼は、助けられてばかりの自分が、どうにも居心地悪いらしい。


『そういえばだけど、その呼び方……久しぶりだね』

「ッ……悪い」

『ううん。いいの。水津木に――トウにこそ、私はたくさんもらってきたんだよ。火事現場に来いって言ってくれたこと。一番危険な役目を自分から選んだこと。倒れそうだった私を外に出してくれたこと。大怪我してでも助けに行こうとした勇気。……数えたらキリがない』


 懐かしさと感謝を混ぜた、やわらかな声。


「それは……火事現場に来いって言ったのも、今思えばヒオを巻き込んだだけだし……助けに戻ろうとしたのも、ただの蛮勇だ」

『あはは! 私の家が火事だったのに、巻き込まれたっていうのは変でしょ? 蛮勇でも、私は勇気をもらった。諦めかけてたけど、心を立て直せた。ヤエとなっちゃんは絶対生きてるって信じられた』

「……それは、そうかもしれないが」

『だから、トウは気にしなくていいの。MVPはヤエだけど、2番目は間違いなくトウだよ』


 その言葉に胸が熱くなる棟哉は、照れ隠しのように話題を変える。


「……そ、そうか。あ! そういや夏音ちゃんは? 何かしてたなら邪魔したくないけど」

『なっちゃん? あぁ、今はヤエと通話中。明日の作戦会議だって』


 そう言って陽織がスピーカーモードにしたのか、夏音の声が漏れ聞こえる。


『そ、そそそっか! あたしも……優斗の声が聞けてよかった』


「……アイツら、何の話してんだ?」

『さぁ……』


 しかし、棟哉の口からはつい弱気な言葉がこぼれる。


「(……ヤエも、ヒオも……変わったよな。俺は……あの時のままだ)」

『…………』


 陽織はそれを聞き取ったが、返す言葉が見つからず沈黙する。


「っと、悪い。何でもない。……遅くにすまなかったな」

『そう?(何でもないわけ、ないのに)』

「ん? 何か言ったか?」

『い、いや! 何でもない! それじゃ、また明日!』

「おう、また明日な」


 通話は静かに切れた。

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