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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
66/111

#66 迷惑

 しばらく談笑していると、玄関の引き戸が開き、伊織さんが顔を出した。


「おーい、もう日が沈むぞ。そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」


「あっ! 本当だ!」

「んお!? マジかよ!?」


 ヒオちゃんと棟哉くんが、やや大げさに空を見上げる。

その様子を見ていた伊織さんが、ふと棟哉くんに視線を向けた。


「ん? お嬢さん……どこかで会ったことある気がするな。どこの子だっけ……」


「「「…………」」」


 どうやら声が被ってしまったらしく、名前を聞きそびれたらしい。

私とヒオちゃんは「あーあ……」という表情で顔を見合わせ、棟哉くんはガックリと肩を落としながらも、しぶしぶ口を開く。


「あの……俺、水津木です……」

「みづき……? ああ、水津木くんか! 久しぶりだなぁ。可愛い服着てたから、全然わからなかったよ」

「あの……お父さん、そのへんにしてあげたほうが……」

「俺、この服もう着ねぇ……って、やべっ!」


 何かを思い出したように、棟哉くんはくるりと踵を返し、私たちを振り返る。


「悪い! 流石にマズいから俺はここで――――いッ!!」


 走り出そうとした瞬間、短い悲鳴をあげてその場にうずくまった。


「と、棟哉くん、大丈夫!?」


 私が慌てて駆け寄ろうとすると、ヒオちゃんが落ち着いた様子で膝をつき、目線を合わせる。


「あーあ……平気? あんた、まだ走っちゃダメなんでしょ?」

「はは……完全に忘れてたわ」

「やれやれ……私が送ってあげる。今のあんた見てたら、放っとけないよ」


 そう言って、ヒオちゃんは半ば強引に棟哉くんの腕を自分の肩に回し、立たせる。


「いや、今日は大丈夫だって! これ以上、陽織ちゃんに迷惑かけるのも悪いし……」

「そう? でも、私が見てないとこで走ったりしないでよ?」

「しねぇよ……よし、それじゃ夏音ちゃん! また明日な!」

「うん! またね!」


 私は大きく手を振って、2人を見送った。棟哉くんは、ゆっくりと歩幅を揃えながら帰っていく。


「あれ? お父さんは?」

「……いつの間にか引っ込んじゃったみたい」


 伊織さん、案外空気を読むのがうまいのかもしれない。


「じゃ、あたしたちも帰ろっか」

「だねぇ……あーあ、明日からまた学校かぁ」

「でも、優斗が戻ってくるのは楽しみ!」


 そう言いながら、私たちは家のほうへ歩き出す。


 部屋に戻ってからもしばらく話をしていると、ヒオちゃんがふと思い出したように声を上げた。


「あれ、そういえばなっちゃん。ヤエの入院って、みんなには話してるの?」

「あー……多分知らないと思う。先生も結構ぼかしてたし」


 そういえば、火事のことは「天名家が燃えた」という噂だけが広まっていて、その裏で何があったかは誰も知らない。

私のことは体調不良で休んだことになっているし、棟哉くんも「軽い怪我で一日入院した」という話になっていた。


「そうそう。ヤエは公欠ってことにして、二週間くらい休むことになってたもんね」

「これ……優斗が学校に来たら、質問攻めにされるやつだよね」

「だよねぇ……あ、それならさ! もっともらしい理由を、先に私たちで考えてクラスに広めとくってのはどう?」


 ヒオちゃんは、何かひらめいたように両手をパンと叩き、得意げに提案してくる。


「おお、それいいね! そのほうが優斗も楽だろうし……でも、どんな理由にする?」


 下手なことを言えば、かえって優斗を困らせる可能性もある。


「(うーん、じゃあさ……)」


 ヒオちゃんは声を潜めて、私の耳元に案を囁く。


「(なるほど……じゃあ私は――)」


 お互い、子どもみたいにコソコソと笑いながら話を重ねる。


 ――この時の私たちは、きっと妙にテンションが上がっていたんだと思う。

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