#66 迷惑
しばらく談笑していると、玄関の引き戸が開き、伊織さんが顔を出した。
「おーい、もう日が沈むぞ。そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」
「あっ! 本当だ!」
「んお!? マジかよ!?」
ヒオちゃんと棟哉くんが、やや大げさに空を見上げる。
その様子を見ていた伊織さんが、ふと棟哉くんに視線を向けた。
「ん? お嬢さん……どこかで会ったことある気がするな。どこの子だっけ……」
「「「…………」」」
どうやら声が被ってしまったらしく、名前を聞きそびれたらしい。
私とヒオちゃんは「あーあ……」という表情で顔を見合わせ、棟哉くんはガックリと肩を落としながらも、しぶしぶ口を開く。
「あの……俺、水津木です……」
「みづき……? ああ、水津木くんか! 久しぶりだなぁ。可愛い服着てたから、全然わからなかったよ」
「あの……お父さん、そのへんにしてあげたほうが……」
「俺、この服もう着ねぇ……って、やべっ!」
何かを思い出したように、棟哉くんはくるりと踵を返し、私たちを振り返る。
「悪い! 流石にマズいから俺はここで――――いッ!!」
走り出そうとした瞬間、短い悲鳴をあげてその場にうずくまった。
「と、棟哉くん、大丈夫!?」
私が慌てて駆け寄ろうとすると、ヒオちゃんが落ち着いた様子で膝をつき、目線を合わせる。
「あーあ……平気? あんた、まだ走っちゃダメなんでしょ?」
「はは……完全に忘れてたわ」
「やれやれ……私が送ってあげる。今のあんた見てたら、放っとけないよ」
そう言って、ヒオちゃんは半ば強引に棟哉くんの腕を自分の肩に回し、立たせる。
「いや、今日は大丈夫だって! これ以上、陽織ちゃんに迷惑かけるのも悪いし……」
「そう? でも、私が見てないとこで走ったりしないでよ?」
「しねぇよ……よし、それじゃ夏音ちゃん! また明日な!」
「うん! またね!」
私は大きく手を振って、2人を見送った。棟哉くんは、ゆっくりと歩幅を揃えながら帰っていく。
「あれ? お父さんは?」
「……いつの間にか引っ込んじゃったみたい」
伊織さん、案外空気を読むのがうまいのかもしれない。
「じゃ、あたしたちも帰ろっか」
「だねぇ……あーあ、明日からまた学校かぁ」
「でも、優斗が戻ってくるのは楽しみ!」
そう言いながら、私たちは家のほうへ歩き出す。
部屋に戻ってからもしばらく話をしていると、ヒオちゃんがふと思い出したように声を上げた。
「あれ、そういえばなっちゃん。ヤエの入院って、みんなには話してるの?」
「あー……多分知らないと思う。先生も結構ぼかしてたし」
そういえば、火事のことは「天名家が燃えた」という噂だけが広まっていて、その裏で何があったかは誰も知らない。
私のことは体調不良で休んだことになっているし、棟哉くんも「軽い怪我で一日入院した」という話になっていた。
「そうそう。ヤエは公欠ってことにして、二週間くらい休むことになってたもんね」
「これ……優斗が学校に来たら、質問攻めにされるやつだよね」
「だよねぇ……あ、それならさ! もっともらしい理由を、先に私たちで考えてクラスに広めとくってのはどう?」
ヒオちゃんは、何かひらめいたように両手をパンと叩き、得意げに提案してくる。
「おお、それいいね! そのほうが優斗も楽だろうし……でも、どんな理由にする?」
下手なことを言えば、かえって優斗を困らせる可能性もある。
「(うーん、じゃあさ……)」
ヒオちゃんは声を潜めて、私の耳元に案を囁く。
「(なるほど……じゃあ私は――)」
お互い、子どもみたいにコソコソと笑いながら話を重ねる。
――この時の私たちは、きっと妙にテンションが上がっていたんだと思う。




