#63 ヒナ
「……よ、今日も来たぜ」
棟哉は小さく挨拶し、墓前に花を手向けた。
「悪いな……お前が残してくれた形見、少し焦がしちまった」
そう呟き、手の中の焦げ跡がついたリストバンドを見つめる。
「俺は……あの火事で、何も出来なかった」
声が震える。リストバンドを握る指先に力が入る。
「俺よりも体を動かすのが苦手なヤツが女の子を助けてんのに、そんとき俺はコレだけ見付けて逃げ出して……」
堪えていた感情がにじみ出る。
拳を握りしめたまま、その場にしゃがみ込む。
「俺は……あの二人を見殺しにしかけたんだ!」
脳裏に焼き付く映像――燃える家、瓦礫をどかす優斗、その奥に夏音。
そして自分は、ただリストバンドを拾い、背を向けた。
「今回は……みんな助かったからいい。でも……また、自分のせいで大事な奴らを失いかけた」
額に拳を押し当て、嗚咽混じりに叫ぶ。
「なあ……俺は、どうすればよかったんだ……」
指先から力が抜け、立ち上がる気力すら湧かない。
「……どう、償えば……」
――――――――――――――――――――――――――
「……水津木?」
墓前でうずくまる棟哉を見つけ、陽織は思わず声をかけた。
「何やってるの、こんなところで?」
その声に反応した棟哉の声は、ひどく掠れていた。
「……陽織か」
「……どうしたの?」
普段とはまるで違う気配に、ただ事ではないと直感する。
「何もねぇよ。……そろそろ帰るところだった、っとと」
立ち上がろうとした棟哉の体はふらつき、見ているだけで危うい。
「ちょ、待って! その状態で一人は無理でしょ。肩、貸すから」
「いや……お前も用があったんじゃ――」
「こんなの見たら放っとけるわけないっての。歩くよ。……話なら、あとでいくらでも聞いてあげるから」
「……悪い、頼む」
軽くやり取りし、棟哉は陽織の肩を借りて歩き出す。
「ねぇ、まだ気にしてるの?」
「……何を」
「ヒナちゃんのことと、この間の火事」
図星を突かれ、棟哉は視線を逸らす。
「……言いたくないならいいけどさ。ヒナちゃんも、ヤエも、なっちゃんも……あんたが悪いなんて思ってないはずだよ」
「だけど俺は! 見てることしか出来なかった! あいつらが死にかけてたのに!」
「あんなに足から血を流してたのに、無事帰れるわけないでしょ」
棟哉は、今も走れない足へとゆっくり視線を落とす。
「……思わない」
「でしょ? もしあんたが中に入って、二次災害で全員助からなかったら……私もヒナちゃんも悲しむよ。……あ、なっちゃーん!」
――――――――――――――――――――――――――
「ん? あれ、ヒオちゃん!? 助っ人はどうしたの?」
大きめのバッグを手に病院へ向かっていた私は、ヒオちゃんと出くわした。
その隣には棟哉くんもいて、少し驚く。
「棟哉くんも偶然だね。……体調悪そうだけど、大丈夫?」
「あぁ、もう平気だ。陽織、ありがとな」
「……そう? ならいいけど」
ヒオちゃんは腑に落ちない表情をしつつ、今度は私の持っているバッグに目を向けた。
「って、それ何? まさかヤエの病室にお泊まり?」
「おいおい、マジか!? まあ、あんなことがあったし不思議じゃねえけど」
ふたりして大げさにいじってくる。
「ち、違うって! これ、中身空っぽだから! 明日、優斗が退院するから荷物運ぶ用なの!」
……必要ないのに、なんでこんなに顔が熱くなるんだろう。
「なーんだ。でもヤエ、もう復活か! これは報告だな!」
「だねだね! なっちゃんも、来週から楽しくなるね!」
「うん!」
気がつけば、優斗を待たせていることも忘れ、しばらくその場で話し込んでしまった。




