#62 今回ばかりは
あれからさらに数日。
僕は特に大きな問題もなく、ただ怪我が完治する日を指折り数えて待っていた。
夏音は変わらず毎日顔を見せてくれ、そのたび胸の奥が温かくなる。
何気ない仕草や表情にドキッとし、別れ際の「また明日ね」には少し胸が締めつけられる。
そんな日々も、僕の腕の回復とともに、終わりを迎えようとしていた。
「はい、もう腕は自由に動かして大丈夫だよ。……ただ、この火傷の跡は残るだろうね」
包帯が外され、痛々しい素肌が露わになる。
「いえ、治っただけでもありがたいです。本当にお世話になりました、先生」
そう頭を下げると、先生は少し険しい表情で続けた。
「ここのところ、君の怪我は度が過ぎている。このままでは機能的な後遺症が残る可能性もある。無茶は控えることだね」
「……! はい、気をつけます」
いつも穏やかな先生が、今回は本気の声色だった。
それだけ、今回の怪我が深刻だったということだ。
燃える家屋に飛び込み、灼けた瓦礫を素手でどかし、煙を吸い込みながら意識が遠のく中での脱出――。
生きて帰れただけでも奇跡だった。
次に同じことをすれば、今度こそ無事では済まないだろう。
そんなことを考えながら診察室を後にし、自分の病室に戻ると――
「あ……おかえり」
私服姿の夏音が椅子に座って待っていた。
「ただいま。……今日は休みなんだし、帰っていいって言ったのに」
口ではそう言いつつ、また会えたことに嬉しさを隠せない。
「ううん、いいの。ヒオちゃんはバレー部の助っ人に行っちゃったし、暇なんだもん」
「それならいいけど……ここにいても退屈じゃない? テレビくらいしかないし」
「それはそうだけど……優斗の腕が――」
彼女の視線が、包帯の外れた腕に向く。
「……今でも痛いの?」
その声には、想像以上の痛々しさを見てしまった戸惑いがにじんでいた。
「あはは、ちょっとね。でも夏音が負い目を感じる必要はないよ。僕も無我夢中だったし」
「……そっか、それなら……いいんだけど」
そう言って視線を逸らし、頬をうっすら赤く染める。
理由はわからないけれど、その無防備さに心が和む。
「あ、そうだ。明日退院だし、荷物まとめないと」
「え、そうなの!? やっと優斗が戻ってくるんだ!」
夏音の顔が一気に明るくなる。その反応が、なんだかくすぐったい。
「手伝うよ! 何すればいい?」
「じゃあ……着替えを畳んでもらえるかな? 薬は僕が持って帰るから」
「オッケー。畳み終わったら大きいバッグを持ってくるね!」
そう言って彼女は荷物に手を伸ばし――
「……優斗、もうちょっと色気のある下着履いたら?」
悪戯っぽく僕の下着をひらひらさせる。
「誰かに見せるもんじゃないし!」
「現に私が見てるんだけど?」
「うっ……言われてみれば……」
そんなやり取りをしながら、荷造りはあっという間に終わった。
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「ついに退院かぁ……ふふ、明日からもっと楽しくなりそう」
優斗の着替えを畳み終え、一旦家へ戻る道すがら、思わず独り言が漏れる。
……でも、退院したら日常生活も不便があるはず。
何か手伝ったほうがいいかな?
――いや、それは「友達」がすることじゃないか。
そんなことを考えていると――
「……きょ…も…たぜ」
低めの声が、風に混じって届いた。
――棟哉くん?
この辺に来ているのだろうか。
せっかくだし、優斗が退院することを伝えて――
そう思って声の方へ歩きかけ、足が止まる。
「あれ? この方向って……お墓しかないんじゃ」
周囲は住宅街と広い墓地。人と待ち合わせるような場所じゃない。
少しだけ気になって、入口へ近づきかける。
けれど――
「ダメダメ! 今は優斗を待たせてるし……オバケ怖いし……」
自分でも苦笑いしながら、踵を返す。
小走りで、自分の家へと向かった。




