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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
61/111

#61 やっぱり私は

 今日もいつものように、優斗の病室へ向かった。


 プリントを渡して、学校の話をして、一緒に課題を進めて、ついでにからかって。

 そして「またね」と言い、ドアを閉める。


 ――そんな時間が、何よりも楽しい。


 家で待っているヒオちゃんや陽子さんたちには少し悪い気もする。

 それでも、できるならずっと優斗と話していたい。


 さっき、優斗が私を呼び止めようとした時は、胸の奥が少し温かくなった。

 けれど彼はすぐに、ヒオちゃんのことを気遣った。

 私を引き留めることはなかった。


 その瞬間、自分の心が、醜く見えた。


 私は何度も危険な目に遭い、そのたび優斗に助けられた。

 ボロボロになっても、命を賭けても――彼は『誰か』のために迷わず動く人だ。


 私はそれを、自分だけのためだと信じてしまった。

 その優しさに甘えて、少しでも自分を優先してほしいと望んでしまった。


 ……最低だ。


 それでも、きっと明日も会いに行く。

 プリントを渡すためでも、学校の話をするためでもなく、ただ会いたいから。


 事件の償いなんかじゃない。

ただ、やっぱり私は――


「おーい、なっちゃーん!」


 ……聞き慣れた声が、遠くから響いた。


「あ、ヒオちゃん……」


 気づけば、自宅が見える場所まで戻ってきていた。


「ちょっと遅いから心配しちゃった――って、え!? その顔どうしたの!?」


 駆け寄ってきたヒオちゃんは、私の顔を見るなり驚いて、慌ててハンカチを取り出した。

 言われて初めて、頬を涙がつたっていることに気づく。


「何かあったの?……まさかヤエに何か言われた?」

「ううん、そうじゃないの! 優斗は何も悪くないの……!」


 胸の奥が急に苦しくなって、涙がこぼれ続ける。

 ヒオちゃんの心配を知っていながら、少しでも自分を優先してほしいと願った自分が嫌でたまらない。


 嗚咽が漏れ、涙が止まらなくなる。

 そんな私の背を、ヒオちゃんは優しくポンポンと叩いた。


「……よしよし。きっと色んなものが溜まって、爆発しちゃったんだね。お風呂沸かしてあるから、帰ってゆっくり休も?」

「……うん」


 背中を押されるまま、家へ向かう。


「なっちゃん、何があったか……聞かない方がいいよね?」

「グズッ……うん、今は……ちょっと聞かないで、欲しい……」

「そっか。でも、私にできることがあれば何でも言ってね」


 真剣なまなざしが、まっすぐに私を射抜く。


 ――あぁ、私は本当に恵まれている。


 ヒオちゃんをこれ以上心配させないようにしよう。

 お風呂に入ったら、いつもの私に戻ろう。


 そう心に決め、玄関へ足を踏み入れる。


「お母さん、ただいまー!」

「……ただいま」


 正直、誰かが待つ家に「ただいま」と言うのはまだ少し照れくさい。


「あら、おかえりなさい……って、夏音ちゃん、どうしたの?」

「あ、今は聞かないであげて! ほら、なっちゃん、お風呂行こ?」

「うん……ごめんなさい、陽子さん」


 陽子さんは何かを察したように微笑み、キッチンへと戻っていった。

 私はヒオちゃんに手を引かれ、お風呂場へ向かう。


 ――もう、心配はかけない。

 お風呂から上がったらヒオちゃんと笑って過ごして、明日も優斗に会いに行こう。


 1人の「友達」として。

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