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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
60/111

#60 夏音の事が

「やっほー! 今日も来たよ~」


 あれから夏音は、ほとんど毎日のように病室へ顔を出してくれる。


「あはは……よく飽きないね」

「飽きるわけないでしょ! あたしが来たいから来てるんだもん。……それでね――」


 学校での出来事や、棟哉と詩乃、天名たちの近況。

 面白かったことや、ちょっと腹の立ったこと。

 あの事件のことは表沙汰にならなかったせいで、変な噂も広がらなかったらしい。

岡崎はというと、事件以来まるで別人のように真面目に授業を受けているそうだ。


「まあ……後ろの席が空いてるおかげで、ぐっすり寝られるけどね」


 そう冗談めかして話したときだけ、夏音は少しだけ寂しそうに笑った。

 ――その表情を見た瞬間、胸が締めつけられる。


 火事の後遺症でも発作でもない。

 ただ、彼女がそんな顔をしているのを見るのが、どうしようもなくつらかった。


 寂しそうにさせてしまった罪悪感。

 その顔すら可愛いと思ってしまう自分への戸惑い。

 もう二度と悲しませたくないという、漠然とした決意。


 理由はわからない。

 でも、夏音のことを、命をかけても守りたいと本気で思っている自分が確かにいる。


「どうしたの……? さっきの、ちょっとデリカシーなかった?」


 僕が黙り込んでいると、夏音は首を傾げて、下からのぞき込むように覗いてきた。


「ううん、なんでもないよ。ただの考え事」


 この感情を言葉にして伝えたら、きっと引かれてしまう。

 だから胸の奥に押し込めて、僕は笑ってみせた。


「そっか……じゃあ、プリント片付けちゃおっか!」


 それからは、他愛もない会話を交わしながら、夏音と一緒に課題を進めた。


「あはは! なにこの字! いつも綺麗なのに!」

「うるさいな、仕方ないでしょ!?」


 笑い声が交じり合って、時間はあっという間に過ぎる。

 気づけば窓の外は茜色に染まり始めていた。


「あ、そろそろ帰らなきゃ……ヒオちゃん心配しちゃうし」

「ぁ…………」


 ――もっと一緒にいたい、帰らないで欲しい。

 そんな言葉が喉まで出かかる。


「ん? どうしたの? 話し足りないなら、もうちょっといようか?」


 夕陽を浴びて輝く黒髪。

優しく笑むその顔を見たら、余計に言えなくなった。


「いや、天名に悪いし。大丈夫。またね」


 震える手で手を振ると、夏音はふわりとネクタイを揺らしながら立ち上がる。


「うん! また明日も来るから! またね!」


 ドアが閉まる直前まで、笑顔で手を振ってくれる夏音。

 そして訪れるのは、一人きりの夜。

 切なく、寂しい夜。


 胸がまた締めつけられる。

 ――もしかして、僕は夏音のことが。


 そんな考えが浮かんだ瞬間、ドアがノックと共に開いた。


「よ、調子はどうだ、ヤエ」

「こんばんはです、ヤエ先輩」


 水津木兄妹の顔がのぞく。

思わず身体が跳ねた。


「ふ、二人とも!? どうしたの!?」

「俺は松葉杖を返しに」

「私は付き添いです」


 なぜか心臓が早鐘を打ち、謎の焦りが込み上げる。


「夏音ちゃんとすれ違ったけど、何かあったのか? お前、胸押さえてるし」

「胸……ッ!?」


 言われて初めて、自分が無意識に胸のあたりを押さえていたことに気づく。


「なんでもないってば。夏音とは……その」

「……とは?」

「いいから! 僕のことは気にしないで!?」


 顔が熱くなるのを感じながら、僕は苦笑いでごまかした。


「詩乃、その辺にしてやれ。ほらヤエ、これ差し入れだ」


 棟哉がバッグをテーブルに置く。


「それは?」

「ふりかけとか佃煮とか、味変用の調味料だ」

「……本当に!? 助かるよ!!」


 病院食の淡白さに、少し飽きがきていたところだった。


「(病院の飯って味気ないからな。好きに使え)」

「私のおすすめはこれで――」


 本当に僕は、恵まれている。

 今夜はきっと、温かい気持ちで眠れるだろう。

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