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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
57/111

#57 謝罪

「……ヒマだ」


 両腕がほぼ使えないせいで、テレビのリモコンすらまともに押せないし、本のページもめくれない。

 病室の天井を見上げては、窓の外の雲の流れをぼんやり追うだけの、なんとも言えない時間を過ごしていた。


「よお、黄昏てるな」

「うわっ先生!? どうして……」


 不意に聞こえた声に振り向くと、物宮先生が片手をポケットに突っ込み、軽く口角を上げて立っていた。


「……確かに、その身体じゃスマホも触れねぇな。まあいい、とりあえず本題に入ろう」


 そう言って先生は近くの椅子を引き、真っ直ぐ僕の目を見る。

 そして――


「まず最初に謝らせてくれ……本当にすまなかった」


 静かに、しかしはっきりとした声。

 次の瞬間、先生は深々と頭を下げた。


「え、え? 先生、なんで謝って……?」


「実はな、昨日の深夜にはもう犯人の目途が立ってたんだ。だが、時間が時間だったから連絡を後回しにしてしまった……それが気になってな」


 多分、それは先生なりの配慮だったんだろう。

 岡崎の件もあったし、お互い疲弊していたのは事実だ。

 むしろ僕の方こそ、あの警戒すべきタイミングで体調を崩し、夏音を一人にさせてしまった落ち度がある。


「先生、頭を上げてください。僕は怒ってなんかいませんし、責めるつもりも毛頭ありません」

「八重桜……ありがとう。それで、身体の方はどうだ? 一番の重体って聞いたが……」


 そう言って先生の視線が、包帯で覆われた僕の腕に移る。


「……今まで通りの生活はできそうなのか?」

「ええ、どうやら完治とはいかずとも、日常生活にはそこまで支障は出ないらしいです。まあ、今は何もできなさそうですけど」


 自虐気味に笑い、軽く腕を持ち上げて見せる。


「その状態なら、二週間の入院は妥当なこったな。素直に休め」


「……そういえば、この入院手続き、先生がやってくださったんですよね。じゃあ今はありがたく、お休みさせてもらいます」


 そんな僕に対して、先生はいたずらっぽく口元を緩める。


「ああ、ゆっくり休め……それにしても、あの八重桜が篠原を担いで――」

「ぶはッ! いやいやいや! 担げるわけないじゃないですか! 背負って出てきたんです!」


 何の噂が出回ってるの僕!?


「それでも、一つの大切な命が助かったことに変わりはない。……どちらにせよ、背負えたのは意外だったがな」

「あ、ありがとうございます……? まあ、自分でもなんで背負えたのか覚えてないんですよね」


 あの時は意識も朦朧としていたし……。

本当に、なんでだったんだろう。


 先生は空気を戻すように軽く咳払いした。


「話を戻そう。これは水津木にも聞いたが、何か犯人に繋がりそうな情報はないか? 簡単でいい」


 少し記憶を探る。

思い出せるのは――昨晩の黒い服の人物くらい。


「先生が言っていた深夜の件と同じかもしれませんが、火事の現場で全身黒い格好の男を見ました」

「黒い服の……なるほど、俺が追っていた人物と一致するかもしれんな。体格や顔は覚えてるか?」

「……すみません、覚えてないです」


 辛うじて男だとは思うが、顔も体格もぼやけていてはっきりしない。


「いや、いい。覚えてないなら無理に思い出さなくていい」


 ――待てよ。

なんでそんなに印象が薄い?

 そうだ、あの時――


「……そうだ! 夏音です! その男、夏音の背後にこっそり近づいてました!」


 思い出すままに話すと、先生は一瞬だけ目を見開き、すぐ顎に手を添えて考え込む。


「……なるほど。篠原にも関係がある可能性が高そうだな」


 何かが繋がったのか、短く頷く先生。


「情報助かった。お前や水津木から貰った話を元に調べてみる」

「あ、いえ。全然気にしないでください」


 本当にこの人、教師なのか探偵なのか分からなくなってきた。


「よし、俺の用は終わりだ。色々言いたいことはあるが、とりあえず休め。じゃあな」


 軽く手を振って、先生は足早に病室を後にした。


「……あ、テレビくらい付けてもらえばよかった……」


 静まり返った病室に、僕の声だけが落ちた。

 窓の外では、薄曇りの空の向こうを、ゆっくりと影が流れていく。


 ――夏音の背後に近づいていた、黒い服の男。

 あの一瞬の光景が、頭から離れない。


 もしあの時、僕が間に合わなかったら。

 もし、もっと早くに先生へ連絡していたら。


 考えたところで答えは出ないのに、思考はどうしてもその「もし」に絡め取られてしまう。


 今は、腕の痛みと、全身のだるさを言い訳にして眠ってしまおう。

 ……けれど、夢の中でさえ、あの黒い影が現れる気がしてならなかった。

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