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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
56/111

#56 2人の代わりに

「……というわけで篠原、まずは無事でよかった。本当に」


 物宮先生は大きく息をつき、肩の力を抜いたように言った。


「この命があるのも、優斗や棟哉くん、それにヒオちゃんのおかげです」


 あの時、もし誰も来てくれなければ――私はきっともうここにはいなかった。


「だな。あいつらには、死ぬほど感謝しておけよ」

「はい! ……うっ」


 元気よく返事をした瞬間、頭の奥でズキンと痛みが走る。


「元気なのはいいが……まぁ、少し手短に話そうか」


 先生はそう言って、事件の概要を簡潔に語り始めた。


 発生前と発生時、現場付近で不審人物が目撃されていたこと。

 体格は大きく、全身黒づくめで、深くフードをかぶっていたため顔は確認できなかったこと。


「そして、救出されたお前と八重桜たちを見たあと――舌打ちして、そのまま立ち去ったらしい」


 ……この人、本当に学校の先生なのか? 探偵でもやっていけそうだ。


「要するに、誰か特定の人物を狙った放火だと見ていい」


 私たちの中の誰か――無差別ではなく、ピンポイントで。

 そう考えるだけで、胸の奥が重くなる。


「……悪いな、ちょっと話しすぎた。何か心当たりがあれば、さっき作ったグループか俺に直接連絡しろ。きっと他のやつらも力になってくれる」


 先生はそう気遣うように言ってくれた。


「……はい。すみません、気を使わせちゃって」

「気にするな。俺は八重桜や水津木にも話を聞いてくる。篠原はゆっくり休んでろ。明日は公欠に――」

「あ、いえ。学校には行きます!」

「……いいのか? 無理するなよ」


 先生の視線は少し心配そうだったが、私は揺らがなかった。


「私のせいで優斗や棟哉くんは入院してるんです。命を助けてもらった分、少しでも代わりに頑張りたいんです」

「……そうか。わかった」


 安心したような表情を見せた先生は、すぐにいつものだらっとした雰囲気に戻る。


「じゃあ、お前の分だけプリント三倍にしておくからな」


 へ!?


「じゃ、明日までしっかり休めよ~」


 呆気に取られる私を置き去りにして、先生はさっさと病室を出て行った。


 ……ちょっとだけ、言わなきゃよかったかも。


 ――――――――――――――――――――――――――


「よお、お取り込み中悪いな」


 物宮先生が声をかけた先――

 そこには、ベッドの上で上半身を起こした棟哉と、その胸元にぴったりとくっついている妹の詩乃の姿があった。


「せ、せ先生!? どうしてここに!?」

「……ッ!?」


 棟哉は驚き、詩乃は顔を真っ赤にして兄から離れると、椅子に小さく座り直した。


「一応連絡は入れたんだが……まぁ気づかなかったなら悪かったな」

「わ、私は少し外に出てます!」


 頬を押さえ、逃げるように病室を出ていく詩乃。


「気が利く妹さんだな」

「いや、多分恥ずかしくて出てっただけかと……。そういえば、個人面談って……?」


 棟哉が問い返すと、先生は軽く顎をしゃくって答えた。


「お前、火事の家に飛び込んだらしいな」


 棟哉は一瞬、言葉を詰まらせた。


「……すみません。俺、つい必死で――」

「よくやってくれた」

「……え?」

「お前や八重桜の行動で、一つの命が助かった。それは事実だ。よくやった」


 意外な褒め言葉に、棟哉は軽く目を見開いた。


「……ありがとうございます」


 本当は助けたのはヤエだ、と言いかけたが――

 真っ直ぐに向けられる視線に、言葉は喉で消えた。


「……ただし、教師としては見過ごせない」

「はい!?」


 物宮の表情が一転して厳しくなる。


「危険には変わりない。二次災害で被害者が増える可能性もあったんだからな」

「……はい。本当にすみませんでした」


 深く頭を下げる棟哉。その姿を見て、物宮は小さく鼻で笑う。


「よし、それでいい。――で、ちょっと聞きたいことがある」


「聞きたいこと、ですか?」

「ああ。今回の放火犯に心当たりはないか? 例えば天名や篠原が誰かに恨まれてるとか」

「……恨まれてる、ですか」


 棟哉は記憶を探り――少し考え込む。


「特に無ければそれでいい。……どうした、何か思い出したか?」

「いや、多分関係ないと思いますけど……陽織ちゃんが、一部の運動部に目をつけられてるって噂は聞いたことがあります」


「ほう。それは本当か?」

「実際に見たわけじゃありませんし、本人からも聞いたことはありません。あくまで噂です」


 物宮は顎に手を当て、しばし思案する。


「……一応、頭に入れておく。助かった」

「もし何かわかったら、俺にも教えてください」

「ああ。その時は任せろ。――さて、次のところに行くか」

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