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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
55/111

#55 兄さんも

「そういえば兄さん、ずっと邪魔するのも悪いからそろそろ部屋に戻るよ」

「あ、おい詩乃? ちょっと待っ……じゃあな、二人とも~!」


 優斗が別れを告げて病室を出ると、棟哉くんは詩乃ちゃんに半ば引きずられるような形で、苦笑しながら病室へ戻っていった。


「あはは、仲良いねぇ、あの兄妹」


 私がつい口にすると、ヒオちゃんは「そうだねぇ」と軽く相槌を打ち、それから思い出したように顔をこちらに向けた。


「そういえばなっちゃん、よくそんな軽傷で済んだよね?」


 小首を傾げるその目は、不思議そうでいて少し安堵も混じっている。


「うん、あの時はね――」


 ――――――――――――――――――――――――――


 ……まずい、このままだと……。


 頭はズキズキと痛み、呼吸は喉の奥でひゅうひゅう鳴っている。

 全身が重く、鉛のように動かない。

 本能でわかってしまった――このままじゃ脱出は無理だ、と。


 視界がかすみ始め、火の粉の赤が滲んで見える。

 それでも、手探りでポケットからスマホを取り出し、ライトを点けた。

 壁際まで這いずり、必死に腕を伸ばして体を起こそうとする。


 ――その瞬間、何かが頭上から崩れ落ち、強い衝撃が肩と背中を押し潰した。


 ……まずい……体が……動かな――


 息を飲む間もなく、視界はすうっと暗闇に呑まれていった。


 ――――――――――――――――――――――――――


「――って感じだったの」


 話し終えると、ヒオちゃんが目を瞬かせ、まるで珍獣でも見るような視線を向けてきた。


「……それでこの怪我だけって、本当に運が良かったんだね……」


 呆れ半分、感心半分といった声色。

 化け物扱いはちょっと心外だけど、正直、私自身もそう思う。

 あの炎の中から、この程度の怪我で生きて出られたのは――優斗が助けてくれたからだ。


 ……このところ、ずっと助けられてばかりだな。

 だから、今度こそ私が――私たちを守る番だ。


 心の中で静かに誓いを立てる。


「じゃ、そろそろ帰ろうかな……あ、やば。帰るとこ、どうしよう……」


 立ち上がったヒオちゃんが頭を抱える。


「あ、そういえば……優斗の家の近くに空き部屋のあるアパートが――」

「えっ、マジ!? それお母さんたちにすぐ話す! じゃ、またね!」


 私の言葉を食い気味に拾うと、彼女は足早に病室を出ていった。

 看護師さんに怒られない程度の、絶妙な早歩きで。


 ……そういえば、棟哉くんは今頃どうしてるんだろう。


 ――――――――――――――――――――――――――


「詩乃、俺が悪かったから、な?」


 病室に戻ってしばらく経った今も、詩乃は棟哉の胸にしがみついたまま離れない。

 小さな手に込められた力が、震えているのが伝わってくる。


「どうせ兄さんは、またすぐいなくなる……」


 その声もまた、かすかに震えていた。


「……嫌だよ。兄さんまで帰って来なくなったら」


 棟哉はその言葉に一瞬息を詰め、無意識に握っていたリストバンドを棚に置く。

 そっと妹の背中を撫で、短くもはっきりと告げた。


「……悪かった」


 その声に、詩乃は押し殺していた嗚咽を抑えきれなくなり、涙が病室に響いた。


 ――――――――――――――――――――――――――


 私のスマホが震える。

 どうやら新しいグループチャットが作られたらしい。


 作成者の名前は『Mr.ぶれいん』。

『まずは全員無事でよかった。……が、一人ずつ個人面談するからな』


 短い文面が、妙に重たく感じられた。


「……個人面談、かぁ。まぁ、当然だよね」


 私と優斗は親とほとんど連絡を取っていないけど……棟哉くんはどういう理由なんだろう。

 考え込んでいると、コンコンとノックの音。


「篠原さん? 入りますよ。お加減はどうですか?」


「あ、はい! 私は平気です! ちょっと頭がズキズキするくらいで……って、優斗――ううん、八重桜くんは大丈夫なんですか!?」


 看護師さんは私と目を合わせるようにしゃがみ、落ち着いた声で答える。


「八重桜さんは重体で、少なくとも二週間ほどは入院になります」

「……そう、ですか。ありがとうございます」


 優斗……やっぱり、かなり酷かったんだ。

 今度こそ、私が力にならなきゃ。


「あの、看護師さんはどうして……? もしかして、もう退院準備――」

「ああ、違います。篠原さんは頭部に負傷があると聞いています。一度、脳の検査を受けませんか?」


 ……検査は受けた方がいい。

 でも、今は優斗のお見舞いに行きたい。


「あの、それはありがたいですけど――」


 言いかけた瞬間、ガラッとドアが開いた。


「よう篠原、早速来たぞ」

「せ、先生!? どうして……」

「どうしてって……個人面談に決まってるだろ」


 ……相変わらず、この先生はタイミングがおかしい。

 ジャージ姿の、いつもの物宮先生がそこにいた。


「あぁ、そうそう。この子の検査は大丈夫そうだ、気遣い感謝する」


 看護師さんは少し腑に落ちない様子で一礼し、病室を後にした。

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