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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
54/111

#54 安い代償

 「ん……あれ、僕――」


 重たい瞼をゆっくり持ち上げると、視界の中に夏音の顔があった。

 彼女はじっとこちらを見つめていて、目が合った瞬間――ふっと柔らかく微笑んだ。


「あはは……おはよう」


 少し照れたような、困ったようなその笑みに、胸の奥が熱くなる。

 声を聞いた途端、涙がこみ上げてきた。


「うん、おはよう、夏音!」


 必死で涙を堪えたけど、声は少し裏返ってしまった。


「お、起きたかイケメンさんよ」

「ヒューヒュー!」


 聞き慣れたからかう声。

 振り向けば、棟哉と天名がこちらを見てニヤついている。


「ちょ、ちょっと棟哉と天名さん!?」


 ほんの数時間前まで命を懸けていたことが嘘みたいに、この空気はどこか懐かしかった。


「天名さん!? あんな事あったのにまだ『さん』付け!?」

「まぁまぁ、俺の時だって呼び捨てになるまですっげぇ大変だったんだし……」


 確かに、この状況で“さん付け”は違和感がある。


「わかったよ……天名ちゃん」

「……なんかヤエがちゃん付けすると年下感あってなんかヤダ」

「オイコラ俺はどうなんだよ」


 じゃあ……と少し考えてから、


「……じゃあ天名でいいかな?」

「うん! これからもそれでよろしくね!」


 その瞬間、天名の張った声が廊下まで響いたのか、間隔の短い足音が近づき、ガラガラと勢いよくドアが開く。

 呆れた表情の看護師が立っていた。


「皆さん! 個室とはいえここは病院ですのでお静かにお願いします」

「ご、ごめんなさい! 夏音が心配だったもので……」


 慌てて頭を下げると、視界の端で水津木兄妹と天名が病室を出ようとしているのが見えた。


「それに、水津木さんも病室を抜けだされると困りますよ!? 貴方達のせいで他の方の対処が遅れたらどうするおつもりなのですか!?」

「「すみませんでした……」」

「全く……水津木さんはお友達と一緒に病室に戻って下さい……八重桜さんも、戻りますよ」


 僕は苦笑しながら軽く手を振り、4人を見送る。

 そのまま看護師の後ろをゆっくり歩いてついて行く。


「全く……お気持ちはわかりますが、八重桜さんはあの火災の被害者の中で一番の重体だったんですから! 絶対安静にして頂かなければ困ります!」

「う……すみませんでした……」


 無理もない。

 炎に包まれた家の中を、火傷を恐れず、意識が飛びそうになるまで探し続け、瓦礫を退け――夏音を背負って脱出したのだから。


 腕の火傷は安静にしていれば回復するが、痕は完全には消えないらしい。

 岡崎の件で負ったスタンガンの痕など比にならないほどだが、それで彼女を救えたなら安い代償だ。


 ただし、腕が問題なく動くようになるまで早くて1ヶ月、長ければ2ヶ月以上かかるという。

 ……その間は棟哉に手伝ってもらえばいいか。

 と思ったが、そういえば棟哉の足は――


「それと、少なくとも今日から2週間ほどは傷の治癒が早くても、学業が大事だったとしても入院する。という事になっておりますので、無理してでも学校に、などとは考えないでくださいね」


 看護師はあっさりと言い放ち、僕の病室の扉を開ける。


「……え、どうしてそんな急な話に!?」


 頭の中は一瞬で真っ白になった。

 授業や家のことよりも先に、誰がそんな手続きを――と考えた瞬間、


「確か、物宮 脳二さん……という方だったかと。」


 ……あの人かよ!!


 腕の痛みを忘れて拳を握りしめる。

 予想も願望も軽々と裏切る名前に、怒りとも呆れともつかない感情が込み上げた。


「……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です! 少し驚いただけで……」


 痛みを堪えつつ笑顔を作ると、看護師は少し困ったように眉を寄せた。


「そ、そうでしたか……」


 一息ついた後、


「それでは、何かあれば呼んでくださいね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 看護師が去り、静かになった病室。

 運良く無事だったスマホを手に取ろうとした――が。


「……あ」


 包帯でぐるぐる巻きにされた手では、タッチ操作すらままならなかった。

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