#53 本当は私は
僕は、熱を帯びた瓦礫を退かし続けて傷だらけになった腕を、なおも必死に動かしていた。
偶然と言うべきか――いや、幸運と言うべきか。目の前の瓦礫だけは炎の勢いが弱まっている。
そこを狙い、一つひとつ慎重にどかしていく。
息をすることすら忘れ、ただ光を目指して手を伸ばす。
隙間から覗く光は、瓦礫を退かすごとに少しずつ大きくなっていった。
そしてついに、その光源が姿を現す。
そこには、空になった二リットルのペットボトルと、びしょ濡れの服を着た、見慣れた顔の少女――夏音が横たわっていた。
……夏音、やっと見つけた……!
だが、呼びかける体力も、安心して立ち止まる時間も残っていない。
僕は最後の気力を振り絞り、彼女を背負い上げる。足元はふらつき、視界は霞む。
それでも玄関の方へと歩を進めた。
――意識はもう朦朧としている。
背中の彼女が本当に生きているのか、確信すら持てない。
それでも足は止まらなかった。
出口に向かう――ただそれだけで。
そんな中、微かな声が耳をかすめた。
「ありが……とう……」
確かに聞こえた。
間違いなく夏音の声だ。
「……どう、いたしまして」
僕は掠れた声でそう答え、最後の一歩を踏みしめる。
天名さんが脱出したであろう、ドアの外――もはや形を失った玄関をくぐり抜け、焼けた空気から冷たい外気へと身を投じた。
途端、張り詰めていた糸がぷつりと切れる。
膝から力が抜け、背中の温もりを感じたまま、視界が大きく揺らいだ。
「……っ」
そのまま前のめりに倒れそうになった瞬間、遠くで誰かの声が弾ける。
「優斗!」
「おい、ヤエ!」
声の主は、玄関の外で待ち構えていた天名さんと棟哉だった。
二人は一瞬で駆け寄り、僕の体と夏音を同時に受け止める。
「夏音は……無事か!?」
「意識は……ある! よ、良かったよぉ……!!」
天名さんが夏音を抱きかかえ、棟哉は僕の肩を支えた。
冷たい地面に膝をつくと、全身の力が一気に抜ける。
息も荒く、もう言葉も出ない。
「おい、ヤエ! しっかりしろ!」
「……た……けど……」
それだけ言いかけて、僕の視界は暗く沈んだ。
最後に耳に届いたのは、棟哉の焦った声と、救急車の音だった。
――――――――――――――――――――――――――
「夏……まだ起きないの?」
遠くから声がする。私の名前を呼んでいるようだけれど、はっきりとは聞こえない。
「ねえ……起きてよ! 夏音!」
次第に声が鮮明になっていく。
視界はまだぼやけ、体は動かない。それでも、この声だけははっきりとわかる。
「目を覚ませよ、夏音ッ!」
その悲鳴に似た声を耳にした瞬間、まるで魔法が解けたように視界がひらけた。
そこには、今にも泣きそうな顔の優斗がいた。
「優斗……ごめんね、またこんなことになって」
「いいんだ……無事でいてくれれば、それで……」
優斗は安堵したように、その場にゆっくりと崩れ落ちた。
視線を巡らせると、そこは白い壁と天井、窓から町が見下ろせる個室の病室だった。
ベッドで横たわる私。
その傍らに崩れる優斗。
そして後ろには、肩をヒオちゃんに借りた棟哉くんの姿があった。
二人ともひどい怪我をしているのが目に入り、胸が痛む。
「ぁ……」
――私のせいだ。
全部を予測できなくても、こうなる危険はわかっていたはずなのに。
「ごめんなさ――」
「夏音ちゃん、今はそれは言わないでくれ。それに、本当に夏音ちゃんは悪くない」
「そうそう。なっちゃんが無事なだけで十分だよ!」
二人は微笑み、私を安心させようとする。
でも、その優しさが今は少しだけ痛い。
「違うの! 本当は私は――「兄さんッ!」」
――予知夢が見えるの。
そう言おうとした瞬間、詩乃ちゃんが勢いよく病室に飛び込んできた。
「お、詩乃か。心配かけたな」
「ほんとだよ……こんな危ないこと、もうやめてよ……」
周囲に私たちがいるのも気にせず、棟哉くんの胸に顔をうずめる。
「あ、そうだ! 夏音先輩は……!」
「あはは……私はほとんど無傷。頭を打ったくらいで外傷はないみたい」
詩乃ちゃんは周囲を見渡し、全員の無事を確認する。
「良かった……! ヒオ先輩もご無事で……!」
「うん! 私はお兄ちゃんとヤエのおかげでほぼ無傷だよ。ただ……」
ヒオちゃんの視線が、突っ伏して眠る優斗と、棟哉くんの足を交互に行き来する。
「そうだ……! ヤエ先輩は……」
詩乃ちゃんが優斗を呼ぶが――
「な、つね……ぶじでよ、かった……すぅ……」
どうやら、すでに眠ってしまったようだった。
「まあ、体力のないヤエがあれだけ頑張ったんだ。夏音ちゃんの無事を見て、限界が来たんだろうな」
「うん。でも……あの運動オンチなヤエが、なっちゃんを“背負って”出てきたときは本当に驚いたよ」
「あのヤエ先輩が……人一人分の重さを……?」
話題は優斗に移り、私もつられてその寝顔を見る。
あの時の「どういたしまして」という声――やっぱり優斗だったのかもしれない。
「(まあ、火事場の馬鹿力というよりは……)」
「(愛の力ってやつ!? いやぁ、ヤエくんもやるねぇ)」
「(ですね……ちょっと憧れちゃいます)」




