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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
53/111

#53 本当は私は

 僕は、熱を帯びた瓦礫を退かし続けて傷だらけになった腕を、なおも必死に動かしていた。

 偶然と言うべきか――いや、幸運と言うべきか。目の前の瓦礫だけは炎の勢いが弱まっている。

 そこを狙い、一つひとつ慎重にどかしていく。


 息をすることすら忘れ、ただ光を目指して手を伸ばす。

 隙間から覗く光は、瓦礫を退かすごとに少しずつ大きくなっていった。


 そしてついに、その光源が姿を現す。

 そこには、空になった二リットルのペットボトルと、びしょ濡れの服を着た、見慣れた顔の少女――夏音が横たわっていた。


 ……夏音、やっと見つけた……!


 だが、呼びかける体力も、安心して立ち止まる時間も残っていない。

 僕は最後の気力を振り絞り、彼女を背負い上げる。足元はふらつき、視界は霞む。

 それでも玄関の方へと歩を進めた。


 ――意識はもう朦朧としている。

 背中の彼女が本当に生きているのか、確信すら持てない。


 それでも足は止まらなかった。

 出口に向かう――ただそれだけで。


 そんな中、微かな声が耳をかすめた。


「ありが……とう……」


 確かに聞こえた。

 間違いなく夏音の声だ。


「……どう、いたしまして」


 僕は掠れた声でそう答え、最後の一歩を踏みしめる。

 天名さんが脱出したであろう、ドアの外――もはや形を失った玄関をくぐり抜け、焼けた空気から冷たい外気へと身を投じた。


 途端、張り詰めていた糸がぷつりと切れる。

 膝から力が抜け、背中の温もりを感じたまま、視界が大きく揺らいだ。


「……っ」


 そのまま前のめりに倒れそうになった瞬間、遠くで誰かの声が弾ける。


「優斗!」

「おい、ヤエ!」


 声の主は、玄関の外で待ち構えていた天名さんと棟哉だった。

 二人は一瞬で駆け寄り、僕の体と夏音を同時に受け止める。


「夏音は……無事か!?」

「意識は……ある! よ、良かったよぉ……!!」


 天名さんが夏音を抱きかかえ、棟哉は僕の肩を支えた。

 冷たい地面に膝をつくと、全身の力が一気に抜ける。

 息も荒く、もう言葉も出ない。


「おい、ヤエ! しっかりしろ!」

「……た……けど……」


 それだけ言いかけて、僕の視界は暗く沈んだ。


 最後に耳に届いたのは、棟哉の焦った声と、救急車の音だった。


 ――――――――――――――――――――――――――


「夏……まだ起きないの?」


 遠くから声がする。私の名前を呼んでいるようだけれど、はっきりとは聞こえない。


「ねえ……起きてよ! 夏音!」


 次第に声が鮮明になっていく。

 視界はまだぼやけ、体は動かない。それでも、この声だけははっきりとわかる。


「目を覚ませよ、夏音ッ!」


 その悲鳴に似た声を耳にした瞬間、まるで魔法が解けたように視界がひらけた。

 そこには、今にも泣きそうな顔の優斗がいた。


「優斗……ごめんね、またこんなことになって」

「いいんだ……無事でいてくれれば、それで……」


 優斗は安堵したように、その場にゆっくりと崩れ落ちた。


 視線を巡らせると、そこは白い壁と天井、窓から町が見下ろせる個室の病室だった。

 ベッドで横たわる私。

その傍らに崩れる優斗。


 そして後ろには、肩をヒオちゃんに借りた棟哉くんの姿があった。

 二人ともひどい怪我をしているのが目に入り、胸が痛む。


「ぁ……」


 ――私のせいだ。

 全部を予測できなくても、こうなる危険はわかっていたはずなのに。


「ごめんなさ――」

「夏音ちゃん、今はそれは言わないでくれ。それに、本当に夏音ちゃんは悪くない」

「そうそう。なっちゃんが無事なだけで十分だよ!」


 二人は微笑み、私を安心させようとする。

 でも、その優しさが今は少しだけ痛い。


「違うの! 本当は私は――「兄さんッ!」」


 ――予知夢が見えるの。


 そう言おうとした瞬間、詩乃ちゃんが勢いよく病室に飛び込んできた。


「お、詩乃か。心配かけたな」

「ほんとだよ……こんな危ないこと、もうやめてよ……」


 周囲に私たちがいるのも気にせず、棟哉くんの胸に顔をうずめる。


「あ、そうだ! 夏音先輩は……!」

「あはは……私はほとんど無傷。頭を打ったくらいで外傷はないみたい」


 詩乃ちゃんは周囲を見渡し、全員の無事を確認する。


「良かった……! ヒオ先輩もご無事で……!」

「うん! 私はお兄ちゃんとヤエのおかげでほぼ無傷だよ。ただ……」


 ヒオちゃんの視線が、突っ伏して眠る優斗と、棟哉くんの足を交互に行き来する。


「そうだ……! ヤエ先輩は……」


 詩乃ちゃんが優斗を呼ぶが――


「な、つね……ぶじでよ、かった……すぅ……」


 どうやら、すでに眠ってしまったようだった。


「まあ、体力のないヤエがあれだけ頑張ったんだ。夏音ちゃんの無事を見て、限界が来たんだろうな」

「うん。でも……あの運動オンチなヤエが、なっちゃんを“背負って”出てきたときは本当に驚いたよ」

「あのヤエ先輩が……人一人分の重さを……?」


 話題は優斗に移り、私もつられてその寝顔を見る。

 あの時の「どういたしまして」という声――やっぱり優斗だったのかもしれない。


「(まあ、火事場の馬鹿力というよりは……)」

「(愛の力ってやつ!? いやぁ、ヤエくんもやるねぇ)」

「(ですね……ちょっと憧れちゃいます)」

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