#52 それだけで充分
「私は構わないけど……二人は大丈夫なの?」
「僕は平気。けど棟哉は……」
「俺? 俺のことは気にすんな。どっちかと言えば、俺の無事は陽織にかかってる……それに――」
棟哉はちらりと天名さんを見やり、そのまま言葉を続けた。
「今の陽織は無理してる。ヤエには悪いが、一階の探索は頼む……もし降りられたら、すぐ戻ってくる」
言われて改めて見れば、天名さんはやや顔色が悪い。
「……ケホッ、あはは、水津木にはお見通しだね……うん、外の人の説得は任せて」
「なるべく受け身は取れるようにするから、そこまで気を張らなくていい……よし、ヤエ。多分一番長くここに残るのはお前だ。絶対に――ゲホッ!」
言いかけた棟哉が咳き込み、胸元を押さえた。
「棟哉! 君こそ一番無理してるじゃないか……僕は大丈夫。もし二階にいなくても必ず夏音を見つける、だから安心して」
「……そうか。じゃあ一階は任せた。――よし、行くぞ」
「私も! ヤエ、水津木、なっちゃんはお願いね!」
そう言い残し、天名さんは玄関の方へ、棟哉は二階へ続く階段へと走っていった。
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「……って言ったのはいいけど、本当にこれ登るのか」
棟哉は炎に包まれた階段を前に、しばし足を止めた。
「いいや、覚悟を決めろ俺……もう親友を失いたくない!」
自分に言い聞かせ、階段へ足をかけ、体重を乗せる。だが――
「ッ!? いってぇ……!」
一段目が音を立てて抜け、木片が足首に突き刺さる。鋭い痛みが走った。
「クソ……最悪なスタートだな。けど……」
足を引き抜き、手すりを頼りに体重を分散させながら、軽快に二階を目指す。
「はぁ……はぁ……ケホッ……二階はやっぱり煙が……」
視界は黒く曇り、目を開けるだけでも涙が滲む。
二階には陽織の部屋と両親の部屋しかない。迷わず陽織の部屋へ。
「……やっぱり、いないか」
中は一階よりも炎が強く、足の踏み場もほとんどない。
布団はめくられており、ベッドにいた形跡もない。収納もなく、隠れられる場所もなかった。
「よし、じゃあ――」
棟哉は大きく息を吸い込んだ。
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『優斗! 二階にはいなかった! 今すぐそっちに向かう!』
「わかった!! 一階は任せて!」
届いたかはわからない。
それでも棟哉を安心させたくて声を返す。
「……でも、どこに……!? 夏音!」
焦りが頂点に達し、その瞬間、今まで頭に浮かばなかった考えが閃く。
「まさか……瓦礫の下か!」
口元を覆っていたハンカチを投げ捨て、瓦礫を必死にかき分ける。
「どこ……! 返事して!」
力任せに崩しても、すぐには見つからない。
やがて呼吸は乱れ、視界は霞み、崩落の音が耳に絶え間なく響く。
「ケホッ……僕が倒れたら……ダメなのに……」
酸素を求めて肺が悲鳴を上げ、膝が崩れ落ちる。
「もう……ダメか……」
かすれた声で呟き、悔しさと共に目を閉じた――そのとき。
まぶたの隙間から、炎の色ではない光が差し込む。
「……スマホの、光……?」
視線の先、瓦礫の奥から微かな光が漏れている。
まだ探していなかった場所だ。
「夏音! そこにいるの!?」
返事はない。
だが、それでも確信できた。
――夏音は、あそこにいるかもしれない。
それだけで充分だった。




