#51 突入
「それで、天名さんが出かける前、夏音はどこにいたの?」
「えっと……私の部屋のベッドにいたと思う。でも、さすがに火事になったら一階に逃げてるはず……だと思うの。ただ――」
「――『ヒナ』のリストバンド、か?」
さっきも天名さんが口にしていた名前。ヒナって……一体誰なんだろう。
「うん、それが私の机の上に置きっぱなしになってるの」
「……なるほど。じゃあヒナには悪いけど、とにかく一階を優先的に探そう」
「わかった……けど、それってヒナさんの大事な物なんでしょ? 本当にいいの?」
「いいんだ。物より命の方が大事だ」
「……そっか、そうだよね」
そう言いながらも、棟哉と天名さんの表情に、一瞬だけ影が差した気がした。
――でも今は、夏音を助け出すことが最優先だ。
「よし、行くぞ!」
「「うん!」」
棟哉を先頭に、野次馬でごった返す中を押し分けながら玄関前まで進む。
「あっつ……煙もすごい……」
「でも夏音の方が、もっと苦しいはずだ」
「うん……待ってて、なっちゃん」
周囲から「やめろ!」とか「入るな!」という声が飛んでくるが、耳には届いていなかった。
「よし、みんな準備はいいか?」
「いつでもいい!」
「私も!」
一歩踏み出しただけで、全身を焼くような熱気が襲い、額から汗が噴き出す。
玄関は鉄とコンクリートを多く使っているため近づけたが――
「……鍵が、入らない……!?」
天名さんが慌てて鍵穴に差し込もうとするも、首を振って僕らを見た。
「なんでだよ! クソ……じゃあ俺が――」
「いや、無理にやっても多分ダメだと思う」
「なんでだ! じゃあヤエが開けられるってのか!?」
棟哉が苛立った声を上げたが、すぐに息を整えた。
「……悪い。焦っちゃいけないのは俺じゃない。いちばん心配してるのはお前なんだし」
「いや、それは天名さんでしょ……。多分、熱で金属が歪んで鍵穴が塞がってるんだ。別の場所から無理やり入るしかない」
「わかった! じゃあ私、向こう側見てくる!」
「あっ、ちょっと!」
天名さんが右手側へ駆け出す。
それを見た棟哉もすぐさま――
「じゃあ俺は左を見てくる! ヤエは玄関周辺を探してくれ!」
「わかった、任せた!」
棟哉は頷くと、炎の煙に消えるように左手へ走っていった。
「待ってて、夏音……」
僕は玄関周辺を必死に探していると、天名さんの声が響いた。
『おーい! 入れそうな場所、見つけたよー!』
「見つかった……! 僕も急がないと!」
右手へ駆け出すと、角を曲がった先にもう棟哉の姿があった。
「よし、ヤエも来たな」
「で、これなんだけど……」
天名さんが指差した先には、炎が激しく揺らめく一角。
その奥の壁には、ひび割れが走っていた。
「……確かに壊せそうだけど、あんな場所に入れる?」
「任せろ。こういう時のために鍛えてきたんだ!」
棟哉は駆け出し、勢いよく体当たりする――が。
「ぐっ……! 熱っ……!」
「大丈夫!?」
「無茶しないでよ!」
ひびは広がったが、まだ突破には至らない。
「大丈夫だ……ヒオ! 背中を押してくれ!」
「わかった!」
天名さんが背中に手を添え――
「いくよ……はいっ!」
「……ッ!」
勢いが合わさり、棟哉の蹴りが壁を貫いた。
「「おおっ!」」
穴が開き、中へ入れるようになった。
「よし……なんとか入れるな」
「ありがとう! 行こう、夏音を探すんだ!」
二人は頷き、棟哉を先頭に炎の中へ踏み込む。
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「どこ!? 返事してよ、夏音!」
三人で一階を手分けして探すが、どこにも姿が見えない。
「棟哉! そっちは!?」
「いない! 陽織は!?」
「私もダメ……!! 『たすけてあげなくちゃッ』!!」
一階を探し尽くしても見つからない。
となれば――
「……やっぱり二階、か」
「私もそう思う。『寝てて』って言ったのを律儀に守ってるのかも……」
「かもな。けど――」
棟哉が言いかけて、言葉を詰まらせた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない……じゃあこうしよう」
僕は引き続き一階を探し、見つけたら外に助けを求める。
棟哉は二階を探索しつつ、机の上のリストバンドも回収。
階段が崩れそうだから、天名さんは外で野次馬と協力して、棟哉の飛び降りを受け止める――
そう、役割分担を冷静に話した。




