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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
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#05 秘密の会議

 この学校の1時限は50分。今配られたプリントは予習済みだし、内容もわかりやすいから30分あれば終わるだろう。……いや、それもこれも、このプリントがやたら丁寧に作られているおかげだ。


「よし……やるか」


 列の先頭から順に配られるプリントが僕の手元に来るまでの間、フリタイのグループに軽く書き込みを送る。


『岡崎の情報が欲しい。今日誰かに告白するらしいが、僕が知ってるのは“欲が強い”くらいだ』


 送信した瞬間、前の席の夏音からプリントが回ってきた。


「……優斗、一応授業中なんだからスマホしまいなよ」


 小声で注意され、「はは……」と苦笑しつつ机にスマホを滑り込ませ、プリントを受け取る。


 今日のテーマは“力量”。物理担当の物宮(ものみや)脳二(のうじ)先生――やる気があるのはプリント作りだけという変わった教師だが、そのわかりやすさは本物だ。


「よし、ちゃっちゃとやるか」


 約25分後。


「相変わらずわかりやすいや、スラスラと頭の中に入ってくる……」


 例題を交えつつ、ちゃんと生徒がレベルアップできるように少しずつ問題が難しくなっていくこのプリントは本当に凄い。

 自習用にこのプリントが何枚か欲しいくらいだ。

 そんなこんなでプリントを順調に書き進めていると、ふともうプリントの最後にたどり着いたことに気づいた。


「(もう終わりかぁ……意外と早く終わっちゃったな)」


 小声でそう呟きながら目の前の夏音をちらっと見てみる。


「(うーんこれはこの公式? いやなんか違そう……)」


 片手で頭を抱えながらそう呟き、手元のペンは動きが完全に止まっているようだった。

 スマホをそっと取り出すと、通知がいくつか。

 送信主を見て目を疑った。


『Mr.ぶれいん』


 ……先生!?


 驚きのあまり机に足をぶつけ、ガタンと大きな音を立ててしまう。

 周囲に頭を下げて謝り、落ち着いてメッセージを読む。


『岡崎か、あいつに関する連絡は何回か来たことがあるな。取り敢えず色恋沙汰関連でまとめるが、あいつは以前他の学校の女子に告白して断られたことがあったらしい。その時にはスタンガンで脅して自分のモンにしようとしたって話だ。』


 ……そんなこと教師が簡単に暴露しちゃってよかったのかなぁ?

 っていうかスタンガン!?

 そんな危ない物持ってたのかよあいつ……。


『まあその時はたまたま近くに通りがかった強そうな男子がスタンガンをぶっ壊して女子を助けたって話だがな。』


『ヤバすぎ』『映画かよ』


 ……助けた男子も規格外だ。


『先生、とても重要な情報ありがとうございます。ただ、そんな情報書き込んじゃってよかったんですか?』

『いやヤバい、だからこの話はここだけにしておいてくれ。この話が広まった時はこの学校に俺とお前らの物理の単位がないと思え。』


 怖っ……。

 誰も逆らえず「はい」としか返せない。


『まあこの学校でそういった犯罪が起きて欲しい訳でもないし、少しでも解決の手助けになればと思って書いただけだ。八重桜も、この情報を上手く使って篠原を助けてやるんだぞ。』


 ……ん!?


『あの、どううして篠原が告白されるって思たんですか?』

『動揺してるのバレバレだぞ。質問の書き出しと文脈的にそうとしか思えん』


 その先生の言葉に同意するような形で次々とチャットが流れ始めた。


『そうとしか考えられない』

『お前がすごい仲のいい女子って夏音ちゃんぐらいだもんな』

『私ヤエが女の子と仲良くしてるの見たことないけど、逆に他に誰がいるの?』


 ……想像以上に僕は分かりやすかったらしい。


『キレそう』


 そうだけ送ってスマホをしまう。


 授業終了まで残り10分。夏音は伸びをしながら僕の机に上半身を倒れ込ませてきた。


「終わった~、駄弁ろ~」

「人の机に倒れ込まないで! せめて駄弁るなら体を起してよ」


 軽く押し戻すと、しょうがないなぁと言わんばかりに渋々体を起こす夏音。

 ……今、この状態で岡崎のことを話すべきか。

 だが下手に不安を煽りたくない。


「はぁ、あたし物理苦手……計算式覚えらんない…」

「まぁ夏音数学が苦手だしねぇ」


 その後、何気ない雑談をしている間も、チャットの連中がニヤついて見てくるのが腹立たしい。


 ――――――――――――――――――――――――――


 そんなこんなで五時間目が終わって、次の授業の準備をしている。


「それにしても……これはもはや才能だよ……」

「えへへ、照れるなぁ」


 優斗にプリントを見直してもらったけど……返ってきた紙は赤ペンの嵐だった。

 本気で解いたはずの問題もポロポロ間違っていて、正直かなりショック。


「褒めてないって。これはテスト前に僕の家に集合ね」

「ええーーっ!? なんでよ!」


 勉強を教えてもらえるのはありがたいけど、あたしは昔から机に向かうのが大の苦手。

 活字を見ると眠くなるし、問題文を読むだけでやる気が削がれるタイプだ。


「別にテスト前に勉強しなくていいじゃん。授業が頭に入ってるか確かめるのがテストなんだし……」

「まあ確かにそうだけど、夏音は頭に入ってるの?」

「う……それは……」


 痛いところを突かれて言葉に詰まる。


 ――だって、全然入ってないんだもん。

 ま、まあ赤点はギリギリ回避してるし?

 多分、大丈夫……きっと。


「はぁ……そんなんだから赤点ギリギリなんだよ」

「うるさいなぁ! あたしもう行く!」


 ぷいっと顔をそらして、体操服を手に取る。

 次の授業は体育――しかも大好きなバスケだ。


「夏音はうるさくしないと勉強しないでしょ? ……じゃ、体育館に遅れないようにね」

「わかってるって。じゃあまた後で」


 軽く手を振って教室を出る。

 ……その時だった。


「あれ……?」


 更衣室へ向かう途中、急に足が重くなった。

 全身の力がふっと抜けて、膝が笑うみたいにがくんと揺れる。


 ――おかしい。こんなの、初めて。


 壁に手をつきながら必死に呼吸を整えるけど、身体の芯からだるさが這い上がってくる。


「……保健室、行きたい……」


 でも、足が思うように動かない。

 視界の端が暗くなっていく感覚に、焦りだけが募る。


「なっちゃん? どうしたの?」


 声をかけられて顔を向けると、クラスメイトが心配そうに覗き込んでいた。

 その表情がぼやけて見える。


「ご、ごめん……ちょっと調子悪くて……保健室、連れてってくれないかな……」


 自分でも驚くくらい、声が弱々しい。

 頭痛と吐き気が、会話の間にもじわじわと強くなっていく。


「わかった! ちょっとおんぶするけど大丈夫?」

「う、うん……寝てても……いいかな……?」

「全然平気! さ、背中に乗って」


 腰を落として背中を差し出すクラスメイトに、弱った笑みを返す。


「……ありがと」


 その言葉を残して、あたしは力を抜き、背中に身を預けた。


 ――――――――――――――――――――――――――


「どうしたもんか……スマホも教室に置いてきたから誰にも――――」


 ぼんやりした視界の中に、突然、ひとりの少年の姿が映った。

 ……いや、これは私の目じゃない。

 上から見下ろすような角度――まるで誰かの視点を借りて見ているみたいだ。


 困っているような顔をしている。

 何があったんだろう……。


 ……って、あれ、優斗?

 それにここ、見覚えある。

 跳び箱にマット、バスケットボールにバレーボール……体育館の倉庫だ。


「うーん……窓から出るか……? いや、僕の力じゃ流石に無理だ……」


 ……出る? 何から? どういう状況?


「このままじゃ夏音が……早くなんとかしないと」


 その一言で、胸がきゅっと締めつけられた。

 こんな時でも私のことを心配してくれるんだ……。


 いやいや、感動してる場合じゃない。

 情報を集めなきゃ。


 辺りを見回すと、いつも開いているはずの倉庫の扉が、ぴったり閉まっているのに気づいた。


 ――ッ!? これって……閉じ込められてる!?


 そう思った瞬間、身体が勝手に動いて、手が扉へと伸びる。

 早く助けないと……!


 でも、その強い焦りと同時に、視界がすっと暗くなっていく。

 ――そこで、私の意識は途切れた。


 ――――――――――――――――――――――――――


「優斗ッ!」


 目を覚ますと同時に、反射的に腕を伸ばし、その名前を叫んでいた。

 胸の奥からせり上がるような焦りが、喉を突き抜ける。


「……また、夢……」


 その瞬間、こめかみを締めつけるような激しい頭痛と、胃の奥をぐらぐら揺さぶられるような吐き気が襲ってきた。

 息を整えようとしても、心臓は早鐘のように打ち続けている。


「優斗……一体、何があったの……?」


 横になったまま、夢の中で必死に伸ばした右手を、まだ名残惜しそうに胸の上へと下ろす。

 さっきまでそこにいたような感覚が、じわりと消えていく。


「……というか、ここは――」


 視線を巡らせると、真っ白なベッド。

 その周囲を囲うカーテンの布地が、柔らかな光を透かしている。

 鼻をつく消毒液の匂い。


 ――保健室だ。


 そうだ……急に体が重くなって、立っていられなくなって……誰かにおんぶされて運ばれてきたんだっけ。


 ……って、ちょっと待って。

 今何時!?


 慌てて壁の時計に目をやる。

 秒針が、無情にも体育の授業終了まで残り五分を刻んでいた。


「……優斗が、危ない」


 その言葉が口から零れ落ちた瞬間、頭痛も吐き気も、すべて意識の外へ吹き飛んでいた。

 ベッドから飛び降りると、勢いのまま保健室を飛び出し、体育館へ向かって全力で駆け出していた。

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