#48 優しい二人
「ヤエと……連絡が取れない?」
メッセージの一文を読んだ瞬間、棟哉は送信元の物宮先生に返事をするよりも早く、優斗に電話をかけた。
「兄さん、どうかしたの?」
「ヤエが応答しないらしい」
詩乃の眉がわずかに寄る。
「ただスマホを置きっぱなしにしてるだけじゃ……?」
「いや、あいつは肌身離さず持ち歩くタイプだ。置き忘れなんてまずない」
説明しながらも、棟哉は耳に押し当てたスマホから聞こえてくるはずの声を待ち続ける。
――しかし、その呼び出し音はむなしく続くだけだった。
「……行ってくる」
「あ、待って! 兄さ――」
詩乃の制止は、開かれたドアと靴音にかき消された。
「……もう」
「この映画……意外と面白かった」
「だよね! 子供向けかと思ったら、予想以上だった」
私はベッドに横になり、ヒオちゃんは腰掛ける形で並んで画面を見ていた。
「まさかマスコットのクローンが出てくるとは思わなかったよ」
「うんうん! ビンタするシーンなんてもうあたしヤバかったもん」
長く続いているシリーズの初作らしい。
人気が続く理由が少しわかった気がする。
「けどもうこんな時間だね……どう? 身体の調子は、どこか気持ち悪いとかない?」
時計を見ると、夜の10時半。
「ううん、少し頭痛はするけど大丈夫」
「じゃあ、アイス買ってこよっか。お母さんに顔出すついでに」
ベージュのショルダーバッグを手に立ち上がるヒオちゃん。
「そんな悪いよ……病人を口実に買い物なんて」
「もーなっちゃんは頑固だなぁ! いいの! 病人は素直に親切にされなさい!」
「が、頑固……?!」
抗議もむなしく、彼女はドアノブを回す。
「じゃ、行ってくる! ちゃんと寝てるんだよ」
「……いってらっしゃい」
軽い足取りで階下へ降りていく背中を見送りながら、胸が少し温かくなる。
――やっぱり優しいな。
ふとスマホに通知。優斗からだった。
『今日は僕の家に泊まるかどうかは任せるけど、帰るときは教えてね。その頃には体調整えて迎えに行くから』
指先が自然と動き、返事を送る。
『ありがと。バリケードテープで入れなかったら今日も泊まるね。自転車持ってく時にまた連絡するよ』
送信を終え、毛布を肩まで引き上げて目を閉じた。
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「……おい、ヤエ! 起きろ!」
「ん……? 棟哉? なんで……」
強引に起こされ、状況が飲み込めない。
「悪い、ちょっと焦ってた。物宮先生が連絡したらしいんだが、お前から返事がなかったって俺に来た」
「え、そうなの!?」
「ああ。……で、玄関開きっぱなしだったけど何があった?」
僕は今朝のことを正直に話した。
「へぇ……夏音ちゃん、陽織ちゃんの家にいるのか。……つーかお前、自転車忘れるってどういうこと」
「う、それは言わないで……」
「まあいいや。それで先生の用件は?」
慌ててスマホを確認すると――
『八重桜、例の男だがやっぱり関係がありそうだ。昨日の火事で目撃情報があった。外見も掴めたから、明日岡崎に聞いてみる』
……やっぱり、あの男か。
夏音を一人にしたのは、まずかったかもしれない。
「ヤ~エく~ん、“例の男”って何かな~?」
「ひっ!? な、なんでもない!」
棟哉には、これ以上関わってほしくなかった。
「今回ばかりは、本当に“何でもない”だから……信じて」
「ヤエ、俺に嘘は――」
「お願い!」
深く頭を下げると、棟哉は少しだけ黙り、肩をすくめた。
「……わかった。けど、本当に夏音ちゃんはいいのか? 心配なんだろ?」
「……そうだけど、せっかく天名さんと過ごしてるし」
僕の言葉に、棟哉は何かひらめいた顔をする。
「じゃあ一緒に突入するか!?」
「何言ってんの!?」
「いいじゃん、面白そうだろ」
その瞬間――近くで「ドンッ」と、花火のような音が響いた。
「花火か……!? こんな時間に、しかも花火なんて上げられる場所この辺にあったか……?」
「い、いや……そんな、はず……ない、よね」
「どうした!? 何かあるなら隠さずに言ってくれよ!?」




