#47 迷惑なんて思わない
「……これでよしっと」
「うん……ありがとう。ごめんね、来たばかりなのに、こんなことになっちゃって」
あの後、私はヒオちゃんに抱きかかえられ、そのまま彼女の部屋のベッドに横たえられていた。
「だから気にしなくていいってば。体調不良人は大人しく寝てなされ! ――ちょっと飲み物取ってくるね」
彼女は本当に気にしていないように見えた。
それでも私の胸には、申し訳なさがじわりと広がる。
「……あたし、最近あちこちで看病されてばっかりだな」
思えば、あの夢に起因しているような頭痛や倦怠感が、以前よりも頻繁に出るようになってきている。
これじゃ、周りに迷惑をかけるだけだ。
「優斗にも何度か泊めてもらってるけど……ほとんど毎日、体調崩してる。きっと……迷惑してるよね」
体が重いせいか、頭の中にはネガティブな言葉しか浮かばない。
「……やっぱり今日はもう帰ろう。これ以上、誰にも迷惑かけたくないし――」
家に帰り着けるかどうかは分からない。
でも、誰かの負担になるよりはましだ。
そう呟きながら、ゆっくりと上体を起こし、足を床に下ろした瞬間――
カチャリ、とドアノブが回り、ヒオちゃんが姿を現した。
その表情は、少しだけ悲しそうで――きっと、今の独り言を聞かれてしまった。
……やばい、怒られる?!
「あ、えっと、今のは――わふっ!?」
彼女は手にしていた飲み物をテーブルに置くと、まっすぐこちらへ歩み寄ってきた。
慌てて言い訳をしようとした私の頭を、両腕がふわりと包み込む。
「あの、ヒオちゃ――」
「なっちゃん」
静かだけど確かな強さを含んだ声が、私の言葉を止めた。
「あのね、今は体調のせいで、そんなふうに考えちゃってるだけかもしれない。でも、少なくとも私は――迷惑だなんて、絶対に思わないよ」
抱き寄せた腕は緩めず、そのまま優しい声で続ける。
私は恐る恐る顔を上げ、その言葉が本心かどうかを確かめる。
「なっちゃんは大事な親友だもん。……私も、ヤエも、水津木も、迷惑なんて、絶対に思わない」
その笑顔は、まるで子供を安心させるようで――胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「……そっか。ごめん――ううん、ありがとう、ヒオちゃん」
私も笑みを返すと、彼女は少し頬を染め、照れ隠しのようにぎゅっと抱きしめてくる。
「ん〜〜! やっぱりなっちゃん可愛いなぁ! しーちゃんといい勝負だよ!」
「ちょ、ヒオちゃん! ろ、肋骨! 痛い痛い!」
「えっ!? 痛い!? ……あんまり無いから仕方ないでしょ!?」
私の失言に激昂はするもの、思いっ切り抱き寄せたのは気にしたのか腕の力を緩めてくれた。
腕の力を緩めてくれたが、胸の話はちょっと引っかかる。
……着太りするタイプなのかな、私。
「ごめん、デリカシー無かった……」
「もう、気をつけてよね! ……じゃあ映画でも見よっか。このまま抱きしめ続けたらヤエに悪いしね〜」
「なんで優斗!? さっき親友だって言ったでしょ!」
ヒオちゃんは一瞬きょとんとした後、ニヤリと笑って部屋を出ていく。
「え、何その顔? ちょっとヒオちゃん!?」
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「ふぁ……おはよう、愛しの妹よ」
「おはよ、兄さん……いつ帰ってきたの」
棟哉が起きたのは昼近く。
リビングでは詩乃がソファーでテレビを見ている。
彼が夜更かしするのは珍しくないが、朝の顔合わせがここまで遅いのは久しぶりだ。
「詩乃、寝起きか? 寝ぐせついてるぞ」
「ッ!」
頬を赤らめ、慌てて髪を手ぐしで整える詩乃。
「そ、そうだけど……」
「昨日もだけど珍しいな、もしかして何か悩みでもあるのか?」
その問いに、詩乃はソファーから立ち上がり、珍しく声を荒げた。
「昨日! 兄さんが! いきなり! 火事の現場に! 行くって! 飛び出したからでしょ!」
「お、おう……それは悪かったって……お兄ちゃん、妹にそんな至近距離で息荒くされたら勘違いしちゃう」
「はぁ……で、なんで急に飛び出して、そのまま帰らなかったの?」
棟哉は少し考え、ゆっくり口を開く。
「……嫌な予感がして。……帰らなかったのは、父さんがうるさいだろ?」
「……まさか壁を登って窓から入ったの?」
言い当てられた棟哉は、手のひらの豆を見せながら得意げに笑う。
「そう。何度か落ちたけど、中学で柔道やってて助かった。受け身ってすごいな」
「もおぉ……! 危ないことやめてよ! 大ケガしても知らないからね!? 父さんがイヤなら、私がこっそり入れてあげるから」
「悪かったって……あれ、もしかして詩乃、こんな時間まで起きてたのって――俺の心配してたから?! うぉおお! お兄ちゃんが悪かったよぉぉ!」
勢いよく抱きつこうとする兄を、詩乃はするりとかわす。
耳は真っ赤だった。
「……もう、しないならいい。兄さんもテレビ見よう」
ソファーに座り直したそのとき、棟哉のスマホに通知が入る。
「ごめん、ちょっと……って物宮先生? 課題は全部出してるはず――」
「小テストの再試じゃないの? この間ヤバいって言ってたじゃん」
不思議に思いながら画面を開くと――
『今お前たちって解散してるか? 八重桜と連絡が取れない』




