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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
45/111

#45 知らなきゃ

 私たちはそれぞれお粥を口に運びながら、他愛もない会話を交わしていた。


 窓から差し込むのは、登ったばかりの柔らかな朝日。

 外は雲ひとつない青空で、澄んだ光がリビングを心地よく満たしている。


 岡崎くんとの一件が終わってから迎える、最初の朝。

 ――けれど昨夜は、自宅の目の前で空き家が謎の火災を起こすという、新たな不安が生まれた。


 あの後、ヒオちゃんからも連絡があった。

 火災現場付近で不審な人物が目撃されており、放火の可能性があるという噂が地元のネットワークで広がっているらしい。

 犯人が何者で、何のためにそんなことをしたのか――まったく分からない。

 考えれば考えるほど、不安は増していく。


 ……でも、優斗とこうして向かい合って話していると、不思議とその怖さが薄らいでいく。


 今だけは、この時間を誰にも邪魔されたくない――そう、心から思えた。


「……ふふ」

「ん? どうしたの、夏音?」


 思わず零れた笑みに、優斗が首を傾げる。


「いや、なんでもない。ただ……やっぱりこうして話すのは楽しいなって思っただけ」


 少しごまかし気味だけど、嘘ではない。


「そうだね。僕も夏音と話す時間はいつも楽しいし……大好きだよ」


 彼の柔らかな笑顔に、胸がほんの少し熱くなる。


「そっか……ふふ。やっぱり気が合うね」

「あはは、本当に。今さらだけど」


 互いに笑い合う、穏やかな朝――

 ずっと、こんな日が続けばいいと願った。


 ――――――――――――――――――――――――――


「あ、そうだ。天名さんに連絡しておかないと」


 この時間なら起きてるはず。

 今のうちに話して、自転車も取りに行こう。


「ヒオちゃんに? なんか珍しいね」

「あぁ、遊ぶ約束じゃないよ。昨日、自転車であの場所まで行ったんだけど……置きっぱなしにしちゃって」


 夏音は目を丸くして、口を半開きにする。


「……僕が物忘れするのって、そんなに珍しい?」

「ち、違うの! あの優斗が、あんな大きい物を忘れるなんてって……」


 ……いいもん。

 僕はきっと天然なんだ。


 少しむくれて視線を逸らす。


「じゃあ、私が取ってくるよ。昨日のこともあるし、ヒオちゃんの顔も見たいし」

「昨日のって……火事のこと? 気持ちは分かるけど、夏音は休んでなよ」

「じゃあ優斗はどうするの? その状態で取りに行くつもり?」


 ……それは、まあ……。

 顔に出たらしく、夏音は小さくため息をついた。


「はぁ……でしょ? 昨日のって、火事のこともそうだけど、ショッピングモールの帰り際、ヒオちゃん元気なかったでしょ?」

「……確かに。それは僕も気になってた」

「でしょでしょ? だから、自転車回収ついでにちょっと遊んでくるね」


 ――でも、昨日の黒ずくめの男のことが頭をよぎる。

 あれは、どう見ても夏音を狙っていた。


「ん? どうしたの、急に黙り込んで……あ、もしかして一人は嫌?」


 真剣な眼差しで覗き込まれ、言葉に詰まる。

 引き止めれば、きっと僕のわがままになる。

 昨日の出来事だけでも、夏音は相当疲れているはずだ。


「いや……大丈夫。これ以上、夏音に迷惑かけたくないから」

「え!? そんなことないよ! むしろ私の方が――」

「とにかく、僕のことは気にしないで。楽しんでおいで」


 ――――――――――――――――――――――――――


「うん! じゃあ、終わったら自転車届けに行くね。……ごちそうさま」

「あ、僕も……美味しかったよ」


 笑顔で答えながら、私は二人分の椀を持って流しへ運ぶ。


「あ! それくらい自分で――」

「病人は大人しくしてるの! 今日は休養日だから」

「はーい……」


 子どもみたいに肩を落とす優斗を横目に、スマホを手に取る。


『おはよーヒオちゃん! 今から家に行こうと思うんだけど、大丈夫?』


 すぐに返事が来た。


『おはようなっちゃん! こっちは全然大丈夫だよー。お父さんもお母さんも仕事だし』

『あそこで働いてたら、そりゃそうだよね』

『まあねー。……ていうかいいの? なっちゃん、ヤエと遊んでるんでしょ?』


 ちらりと優斗の方を見やると――


「すぅ……すぅ……」


 テーブルに突っ伏し、腕を枕に眠っていた。

 ……やっぱり、ずっと気を張っていたんだろう。


『大丈夫だよ。優斗、熱出しちゃったみたいでさ。あたしがいたら休まらないと思って』

『えー、そんなことないと思うけどなぁ!』

『それもあるけど、自転車忘れてたみたいなの、あの子』

『え、珍しいね、あのヤエが』


 ヒオちゃんも同じ反応で、つい笑みが漏れる。


『じゃあ、今から向かうね』

『うん! 待ってるよ』


 スマホを閉じ、心の中で小さく呟く。


 ――ごめん、優斗。

 本当の理由は、あの夢のことを確かめたいから。


 夢に出てきた部屋のインテリア――あれは間違いなく、ヒオちゃんの部屋だ。

 直接行けば、何か分かるかもしれない。

 嫌だけど……夢にだって反映されるかもしれない。


「優斗……行ってきます」


 昨日から用意していた荷物を手に、眠る彼に小さく声をかけて家を出た。

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