#44 自分の心配
「……うぅ……頭……痛い……」
重たいまぶたをゆっくりと開けると、部屋の中はすでに薄暗くなっていた。
私はソファーに横たわっていて、額にはひんやりと冷たいタオル。
視線を横に動かすと、優斗が両腕を枕のようにして伏せながら眠っている。
「優斗……ずっと看病してくれてたの?」
起こすつもりはなかった。
ただ、自分の状況を確かめるように小さく呟く。
私が眠っている間も、こうして傍でタオルを替えてくれていたのだろう。
おかげで熱はすっかり下がり、頭痛以外はずいぶん楽になっていた。
今日は迷惑ばかりかけてしまったのに……やっぱり、優斗は優しい。
そんなことを考えながら彼の寝顔を見つめていると、ふと胸の奥に違和感が走る。
……呼吸が、荒い。
「優斗?」
そっと声をかけ、少し強引に彼の顔をこちらに向けさせる。――その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
優斗の顔は苦しげに歪み、浅い息を繰り返していた。
「……私のせいだ……」
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……暗闇の中、誰かの叫び声が響く。
以前に見た「夢」と同じだと、すぐにわかった。
「……っ……!」
けれど今回は周囲の声はほとんど届かず、自分の体も動かない。
「もう、ダメか……」
誰かに謝るように呟き、僕は膝から崩れ落ちた。
視界を覆う闇の中、ぼんやりとした意識がさらに薄れていく――そのとき、微かな光が見えた。
それは小さいけれど、決して見失ってはいけない光だと本能が告げていた。
必死に動かない腕を伸ばす。指先が光に触れた瞬間、意識はぷつりと途切れ、深い眠りに沈んでいった。
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朝。
窓の外では小鳥がチュンチュンと鳴き、爽やかな空気が漂っている。
……気がつけば、僕はベッドで眠っていた。
最後の記憶は、体調の悪そうな夏音を看病していたところで途切れている。
それに――ここは僕の部屋じゃない。
一階の部屋だ。どうして……。
そこまで考えて、嫌な汗がにじむ。
……まさか!
慌てて上半身を起こし、ベッドに視線を向ける。
「ん……ゆーと……だいじょーぶ……? すぅ……」
「ああ……なんだ……」
そこにいたのは、僕の隣で気持ちよさそうに眠る夏音。
――昨日の夢や火事の光景が重なり、彼女がどこかへ消えてしまうような不安が一瞬よぎる。
けれど――
「……うぅ……なんかすごい体調悪い……」
立ってもいないのに視界が揺れ、吐き気が込み上げる。熱もあるようだ。
……夏音の風邪、もらっちゃったかもしれない。
そう思いながら隣を見る。
「って……なんで夏音が僕の隣に!?」
頭が働かない。
いや、働かせられない。
混乱して首を振っていると、夏音が半分眠そうな目でこちらを見つめ、目が合ってしまった。
「あ……おはよう」
「……っ、ご、ごめん……トイレ……」
「ゆ、優斗!?」
首を振りすぎて、吐き気が限界を突破してしまった。
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「……ほんっとにごめん、夏音!」
「ううん、気にしないで、優斗」
私はキッチンに立ち、優斗はソファーにぐったりもたれかかっている。
さっきトイレまで付き添って背中をさすったことを、彼はどうやら気にしているらしい。
「夏音、体調はどう?」
「えっ、あたし!? 全然平気。むしろ軽いくらい。でもそれより優斗は!? あたしの心配より自分でしょ!」
正直、さっきの顔面蒼白の姿なんて二度と見たくない。
半分は私のせいでもあるけど……。
「あはは……そうだね。明日は学校だし、吐かないくらいには治さないと」
こういうときだけ妙にブレない。
「……で、何作ってるの?」
「昨日のお粥が残ってたからね。お粥パーティー第2弾!」
冗談めかして笑うと、優斗は少し視線を泳がせ――
「う、うん……ありがとう、夏音」
熱のせいか、頬を赤くしながら申し訳なさそうに見上げてくる。
……なんでこんなときにドキっとするんだろ。
「そ、そう。困ったときはお互い様! ……はい、できたよ」
鍋からよそったのは、タマゴのお粥。
「おお、タマゴだ! 棟哉のを参考に?」
「ううん。ダシはわかんなかったから……これにお醬油かけて食べてね」
期待とは違ったはずなのに、優斗は何も言わず嬉しそうに醬油をかけ始めた。
「優斗、かける前に“いただきます”くらい言いなさい」
「ご、ごめん! いただきます!」
「はい、よくできました。……あたしも、いただきます」




