表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
43/111

#43 大きな服

 ――少し、やらかしたかもしれない。

 夏音の着替えを選んでいるとき、つい手が伸びた服は――


 そんな考えが途切れたのは、リビングのドアが開く音がした瞬間だった。


「優斗……これ、わざとでしょ?」


 そこに立っていた夏音は、胸元を押さえるようにしながら頬を染め、じっと僕を見つめている。


「……やっぱり大きすぎた?」

「大きいどころかブカブカ! これじゃちょっと前かがみになっただけで……とにかく! 他に無かったの!?」


 言いかけた口を押さえながらも、やや怒り気味に詰め寄ってくる。


「いや……それ以外は、今の僕でも小さいやつばかりで……」


 ……嘘だ。

 中学時代の服なら、多少きつくても彼女が着られるはず。

 ただ――


「……ちょっとはだけた私が見たい、とか思ってた顔だね?」

「ッ!?」


 ハッと顔を上げると、腕を組み、冷えた視線でソファに座る僕を見下ろす夏音がいた。


「……すみません、少し欲が出ました」

「正直でよろしい」


 素直に認めると、夏音はふっと口元を緩め、僕の隣に腰を下ろす。

そこはすっかり彼女の定位置になっていた。


「まあいいけど、なんでそんな大きい服を持ってたの?」

「ああ、それはネットで買ったんだけど、サイズを間違えて……」

「あー、私もやったことある。ちゃんと見ないとね」

「そうそう、それで僕にも少し大きめだったから――」


 そこまで話して、ふと夏音の方を見た瞬間――

 自然と視線が胸元に落ちてしまい、視界いっぱいに普段より露出の多い彼女の姿が広がった。


「ッ! ご、ごめん!」


 慌ててソファの端へ避ける。


「ん? どうしたの? もう服のことは怒ってないよ?」


 僕の元いた位置に手を付き、夏音が身を乗り出してくる。

 ……思いっきり前かがみだ。


「ちがっ……前! 前!」


 片手で目を覆い、もう片方で胸元を指差す。

 その後、彼女が「前?」とつぶやいた瞬間――空気が固まった。


 恐る恐る手を下ろすと、顔を真っ赤にし、シャツの襟を掴んで睨む夏音がそこにいた。


「ちょっ夏――」

「バカっ!!」


 弁解する暇もなく、音速を超えたかのような平手打ちが飛ぶ。

 部屋に響く良い音と共に、僕の意識は一瞬で飛んだ。


 ――――――――――――――――――――――――――


「「…………」」


 肘掛けにちょこんと座った夏音は、頬を赤くしたままそっぽを向く。


 ……こうして向かい合って座るまでに少し時間がかかった。

 目を覚ました僕は、彼女にシャツを奪われ、上半身裸で頬をさすりながら反対側に座っている。

 テーブルには、きれいに畳まれた水色のシャツ。


「すみませんでした……」


 素直に謝ると、夏音はちらっとこちらを見て、また顔を逸らす。


「……もういい。ちょっと私もやりすぎたし」

「あ、あはは……」


 笑ってみせても、彼女は不機嫌そうなままだ。

 ……このままじゃ空気が重い。


「夏音、何かしてほしいことある?」

「……なんで?」

「僕が悪かったから、お詫びに」


 少し考え込んだ夏音が、真剣な表情でこちらを見てくる。

 まだ頬は赤く、そのせいで妙な雰囲気が漂う。


「……じゃあ、一つお願いしていい?」

「うん、何でも」


 夏音はもじもじと手を動かし、俯いたまま――


「……あたしを、ぎゅっと抱きしめてほしい」

「えぇ!?」


 思わず固まる僕に、夏音はさらに小さな声で繰り返す。


「だから……ぎゅって……」

「わ、分かった! 分かったから!」


 こくりと頷いた彼女は、僕に背を向けて膝の上に座る。


「じゃあ……いくよ?」


 僕がそう言うと、夏音は目を閉じ、頭を預けてきた。

 その細い体を抱き寄せると、互いの鼓動がはっきり伝わってくる。


「……」

「……夏音?」


 やがて、腕の中の彼女から力が抜けていく。

 覗き込むと、安心したように眠っていた。


「寝ちゃったか……今日は疲れてたしな」


 そっとソファに寝かせ、僕は自分の部屋へシャツを取りに行く。

 戻ってきてソファに寄りかかり、そのまま目を閉じた。


 ――――――――――――――――――――――――――


『どこ……!? 返事してよ!』

『私もダメ……!! た……て……な……ちゃ……っ!』


 あの声だ――また『夢』が来た。


 今回は白い靄ではなく、黒い煙のようなものが漂っている。

 声は聞こえるのに、体は動かず、口も開かない。

 前回と同じく低い視点から見上げるような景色で、情報はほとんど得られない。


「……火事……?」


 そう思った瞬間、体温が急激に上がった。

 息苦しく、まるでサウナの中に放り込まれたような感覚。


 視界がさらに黒く染まり、声が遠のいていく――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ