#42 お詫びのお話
『――だから、そういうこと。もう誤解しないってわかった?』
画面には「了解」やサムズアップのリアクションが次々と付いていく。
……結局のところ、
「優斗の家で遊んだあと帰ろうとしたら、家の近くで火事があって危なかったから、そのまま泊まることになった」
――という話に落ち着いた。
もちろん、お泊まりという単語だけで再び色めき立とうとした連中もいたけど、その時は先ほどのボイスメッセージをただリマインド(再生はされない)してみせるだけで、全員がスン……と大人しくなった。
「……これでまた蒸し返されなきゃいいんだけどな」
「大丈夫じゃないかな? こいつら、そこまでしつこくは……いや、どうだろう」
愛想笑いを返しつつ、ふと我に返る。
――あれ? この流れだと、私三日連続で泊まることになる……?
そりゃ勘違いもされるよなぁ。
「ま、いいや。それより夏音、お風呂どうするの?」
「あ、そうだ……どうしよう」
着替えは持ってきてない。
けど汗もかいてるし、このまま寝るのはちょっと……。
私が考え込んでいると、優斗が何かひらめいたみたいに目を輝かせた。
「着替えに困ってるんでしょ? じゃあ僕の中学の頃の服、貸してあげる! たぶんサイズも合うと思うし」
「……それ、下着はどうするの?」
「あ……そっか。僕のを着るわけにはいかないよね……」
さっきまでの名案感はどこへやら、優斗は肩を落とす。
ちょっと悪いこと言っちゃったかな。
「……いや、やっぱり大丈夫。背に腹は代えられないし、そのままよりはマシだよ」
「そう? じゃあ着られそうなの探してくるから、その間にお風呂入ってきなよ!」
「ありがとう、優斗」
彼は「何が似合うかなぁ……」と上機嫌に呟きながら、自分の部屋へと消えていった。
私は苦笑しつつ、お風呂場へ向かう。
――――――――――――――――――――――――――
今日はもう一度湯船に浸かる気にはならなかったから、頭と体を軽く洗ってシャワーを浴びる。
「……あの火事、結局なんだったんだろう」
空き家が突然燃えるなんて普通はない。
やっぱり誰かを狙って……?
そんな考えを振り払うように、脱衣所から少し高めの男の声が聞こえた。
『夏音ー? 脱衣所入るよー』
「あ、うん」
『着替え、洗濯機の前に置いとくね。それとさ……僕、さっき怒ってたじゃん? あれ、まだ気にしてる? お詫びってわけじゃないけどさ、夏音の昔話、聞かせてもらえないかな?』
――昔の話、か。
でも「あの子」のことは話せない。
「昔話くらいならいいよ。じゃあ、昔のヒオちゃんの話でもしようか」
『……それ、勝手に話しちゃっていいの?』
「いいのいいの。でね、昔のヒオちゃんって暗いというか、不思議ちゃんだったの」
『へぇ……今の天名さんからは想像できないや』
「でしょ? 今みたいに明るくなってくれて、私も嬉しいんだ」
話してて楽しいし、何よりヒオちゃんの本来の魅力が出てる感じがしてるし!
「でも、最近はちょっと無理してる感あるけど……まぁ今は昔の話ね」
『……うん。僕も気にしておくよ』
「そうしてあげて。で、その頃、不思議ちゃん扱いされてたヒオちゃんがいじめられてるのを偶然見かけて――」
とは言いつつも本当は『夢』で見たんだけど……。
「運動は得意だったからね、私が撃退して。それで初めて仲良くなったの」
『……驚く事が多すぎて言葉が上手く出ないや。あ、じゃあ二人って幼馴染じゃなかったんだ』
「うん、中学から。で、その“不思議ちゃん”と思われた原因を、二人でどうにかして目立たないように頑張ったんだ」
『そっか……天名さんは夏音の力を借りて克服したわけだ』
「いや、私がやったのはきっかけ作りだけ。頑張ったのはヒオちゃん自身だよ」
『……そっか。ぼ……も………らな……なぁ』
「ん? 今なんて?」
『い、いや! なんでもない! そろそろのぼせちゃうだろうし、リビング戻ってるね!』
その声のあと、ドタドタと足音がして、脱衣所の戸が開閉される音が響く。
「……優斗、もしかしてヒオちゃんのこと……?」
――いや、まさか。
でも、胸の奥が少し痛んだ。
「……今は考えないでおこう。それより、あの夢のこと……」
そう自分に言い聞かせて身体を拭き、用意された服に袖を通す。
「……ちょっと大きいな」
ズボンは紐で調整できるタイプで問題なし。
ただ、胸元がだいぶ開いていて、前屈みになれば中が見えてしまいそうだ。
「うーん……ちょっと恥ずかしい」
でも、優斗らしいチョイスだ。
薄い青で統一されていて、自分でも似合ってると思う。
「けどそれとこれとは話は別!! どうするのこれ……」
とは言えいつまでもここにいちゃ優斗が心配するだろうし……行くしかないよね……。
小さくため息をつき、意を決して脱衣所の戸を開けた。




