#37 今でも空回り
『ヤエ、物凄く嫌な予感がする。夏音ちゃん、今日は帰らせるな』
……え? どうしたんだろう。
棟哉から突然遊びの誘いが来ることはあっても、こんな連絡は今まで一度もなかった。
『ごめん、唐突すぎて状況が全然見えないんだけど……』
『あー、すまん。……正直カンでしかない』
カン、か……。
でも、棟哉がそこまで言うってことは、無視できない気もする。
顎に手を当てて考え込んでいると、いつの間にかリビングから出ていた夏音が、小走りで戻ってきた。
「おまたせー! あたしも帰る準備できたよ!」
「う、うん。 その……今日も泊まっていかない?」
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えぇぇぇ!?
さっきのこともあって、ただでさえ優斗を意識しちゃってるのに……これって、もしかして……!?
固まってしまった私を見て、優斗が気まずそうに口を開く。
「あ、あはは……ごめんね。唐突すぎたよね」
「いやいやいや! あたしは全然構わないけど、一体どうしたの?」
「いや、その……夏音、今日ちょっと体調悪そうだし、一人にさせるのは不安だなーって」
視線が泳ぎまくってるけど、嘘をついてる感じは……ない、かな?
どちらにしても、私のことを心配してくれているのは素直に嬉しい。
「そっか……じゃあ今日もお世話になっちゃおうかな」
「うん! そしたら何かしよっか」
「じゃあさ、さっき言ってた優斗の昔の話、聞かせてよ!」
私は荷物を降ろして、また優斗の隣に座る。
彼は少し恥ずかしそうに目線を落とした。
「いいけど……ぜんっぜん面白くないよ?」
「ううん、優斗の話なら、きっと面白いと思うよ」
素直に褒めたせいか、彼は目を見開き、頬をわずかに赤く染めた。
……男の子に言うことじゃないけど、かわいいなぁ。
「……じゃあ話すよ。昔の僕はさ、根暗で、何をしても空回りで、人と話すのが苦手だったんだ」
「そう……なんだ。ごめんね、もし嫌な記憶だったら――」
初めて会った時も、確かに少し緊張していたっけ。
異性だからだと思ってたけど……人見知りだったんだ。
「大丈夫。今となってはいい思い出だしね」
「そっか、それで?」
「両親からのあのメール、見たでしょ? ほぼ同じ内容のやつ」
ああ、今朝見せてもらった記録のことか。
やっぱり、あれが原因で何かあったのかな……。
「僕ね、昔から無駄に真面目でさ。学校休むなって言われたら、風邪ひいてても無理して登校してた」
「あはは……優斗ならやりそう」
「でもある日、ズル休みしたらメールの内容が少し変わるんじゃないかと思って、初めてサボったんだ」
……おぉ、意外!
あの生真面目な優斗がズル休み!?
「でもね、内容は全然変わらなかった。それでわかっちゃったんだ。『何をしても父さんと母さんは僕を見てくれない』って。……それから、何もかもがイヤになった」
……そうだったんだ。
私だったら、たぶん立ち直れないかも。
「そこから学校に行かず、自分で勉強して……テストの日だけ登校して、赤点だけは回避する、そんな毎日だった」
「ズル休みしても勉強は欠かさないあたり、優斗らしいね」
「……うるさい! もう話さない!」
ぷいっと背を向けて体育座りしてしまう優斗。
慌てて私は立ち上がる。
「ごめんごめん! あたし、お風呂入ってくるね!」
「……ん、いってらっしゃい」
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……勢いで話しちゃったし、勝手に拗ねちゃったし。
やっぱり僕は今でも空回りばっかり――ん?
スマホが震え、フリタイから棟哉の通知が届く。
『ヤエ? 大丈夫か?』
『ごめん、夏音と話してた』
『そっか! これを期に夏音ちゃんゲットだな!』
……何言ってんだ、こいつ。
半分呆れながら、怒り顔のハムスターのスタンプを送る。
『スマンスマン で、さっきの話だけど気のせいだったかも』
『さっき? あぁ、帰らせない方がいいってやつ?』
『そうそう。詩乃を家に送ってから、お前んちまでダッシュしたけど、何もなさそうだった』
……僕の家まで?
距離あるのに、よくそこまで。
『ありがたいけど……なんでそこまで?』
『あー、さっきも言ったけどマジでカンなんだ。不安要素は早めに消しておきたくてさ』
……ほんと律儀なやつだ。
まあ、僕も人のこと言えないけど。
『ありがとね』
『気にすんな。じゃ、そろそろこっそり家入るからまたな』
『うん。また学校で』
送信を終えると、スマホの画面を閉じた。




