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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
36/111

#36 物凄く嫌な予感

「その子は、きっと今も元気でやってると思うよ」


 独り言を零した自覚がなかったのか、夏音は小さく肩を震わせる。

振り返らず、少し戸惑った声で問う。


「……どうしてそう思うの?」

「僕さ、昔は自分が嫌いでたまらなかったんだけど……ある女の子に、本気で励まされたことがあったんだ。それがあったから、今こうして前を向いていられる」

「………………そうなんだ」


 ……あれ、今の間、ちょっと長かったな。

 やばい、柄にもなく真面目なことを言ったせいで、逆に気まずくさせたかも……!?


「と、とにかく! 夏音みたいに人を助けられる子に出会ったら、きっと誰だって前を向けると思うんだよ! だから大丈夫、元気出して!」


 そう言うと、夏音は振り返り、ふっと口元をゆるめる。

安心したような笑みに見えた。


「……ごめんね、でもありがとう。ちょっと楽になったよ」

「そっか……それならよかった」


 落ち着いた空気が流れ、ふと気づけば、手を伸ばせば触れられそうなほどの距離で見つめ合っていた。


「あ……ごめん、近すぎちゃった」

「ぼ、僕こそ! 全然気づかなかった!」


 夏音は頬を薄く染め、視線を前へ戻す。

 その様子を数秒だけ眺めてから、僕も前を向いた。


 ……すっっごい心臓がうるさい!

 距離もだけど、ふわっと漂った髪とシャンプーの匂いが……いや、僕は何考えてんだ!?

 思わず頬を叩きそうになったが、変人扱い確定なので必死に我慢し、目を閉じて頭を冷やすことにした。


――――――――――――――――――――――――――


 ……びっくりした……!

 気づいたら優斗の顔が、あんなに近くに……!

 ドキドキしてすぐ逸らしちゃったけど……。


 そのあとも見られてたし、絶対挙動不審に見えたよね!?

 でも、あんな距離で真っ直ぐ見られたら、そりゃ誰だって……。

 他にも色々あったし、とりあえず一回、目を閉じて整理しよう……。


――――――――――――――――――――――――――


「なんだあれ、修行?」

「横に並んで、仲良く目を閉じてる……」


 片付けもそろそろ終わりそうだったが、その異様な光景に二人は「そっとしておこう」と暗黙で合意し、作業を続ける。


「それにしても……なんだかんだ、今日もこんな時間までお邪魔しちゃったね」

「そうだね。そろそろ帰らないと」


 時刻は20時過ぎ。

 夜の静けさが深まり、悪意すら紛れ込みやすくなる時間帯だった。


――――――――――――――――――――――――――


「おい、何やってんだ」

「とっ……棟哉!?」


 不意に声をかけられ、変な声が出てしまった。

 ……顔、赤くなってないよね!?


「ど、どうしたの? もしかしてご飯足りなかった?」

「いや違うって……まあいいや。時間も遅いし、俺たちはもう帰るわ」


 棟哉はすでに荷物を背負い、すぐにでも出られる格好だった。


「えー……じゃあ詩乃ちゃんも帰っちゃうの?」

「はい……これ以上お世話になるわけにはいきませんし……」


 詩乃ちゃんは少し寂しげに笑う。


「あはは、明日も休みだし夜遅くなっても――」

「おいやめろ! そんなことしたら父さんに怒られる!」

「あ……そうですね。そういえばお父さん……絶対怒ってますね」


 えっ……まさか連絡してなかったの!?

 水津木家の父さん、娘息子大好きだからなぁ……僕まで怒られそう。


「じゃ、またな。あ、見送りはいらねぇぞ」

「さよならです、先輩方!」

「「うん、また今度!」」


 姿が見えなくなった後、声が重なったことに気づき、思わず顔を見合わせる――が、


「「……!」」


 さっきのように、同時に視線を逸らした。


――――――――――――――――――――――――――


「今日も昨日も、楽しかったね」

「だね。兄さん、いつも以上にはしゃいでた」


 棟哉が「そんなことねぇよ」と返すと、二人はくすっと笑う。


「まあ……また夏音ちゃんがいるときにでも遊びに行こうか」

「うーん……でもいいのかな。ヤエ先輩と夏音先輩って、どう見ても両想いさんだよね?」

「……どうだろうな」


 棟哉が視線を逸らしたとき、背の高い黒ずくめの男が視界をかすめ、棟哉の背後へと通り過ぎていく。

 背筋をなぞられたような、嫌な寒気が走った。


「(詩乃、今の見たか?)」

「(何、急に小声で)」

「(……いや、なんでもない)」


 詩乃は首を傾げ、棟哉はスマホを取り出す。


――――――――――――――――――――――――――


「「……ごめん!」」


 また声が重なってしまった。

 切り出すタイミングを同時に失い、妙な空気になる。


「そ、そういえば夏音はどうするの?」

「あ、あたしもそろそろ帰ろうかな!?」


 夏音が立ち上がったそのとき、僕のスマホが震えた。

 画面には、棟哉からのメッセージ。


『ヤエ、物凄く嫌な予感がする。夏音ちゃん、今日は帰らせるな』

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