表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
35/111

#35 あの子

「ご、ごめん! 本当にごめん!」


 私はソファーの上で正座し、そのまま深く頭を下げていた。


「いや、大丈夫だから! 僕がうっかり寝ちゃったせいだし。ほら、顔を上げて……ね?」


 優斗は慌てたように両手を振り、必死になだめようとしてくる。


「いや、なんというか……悪かったな、ヤエ」

「すみません……ヤエ先輩」


 端で見ていた棟哉と詩乃ちゃんまで、なぜか一緒に謝罪を始める。

 ――この場、全員が誰かに謝っているという妙な空気に包まれていた。


――――――――――――――――――――――――――


「ん……あれ、わたし……?」


 いつの間に寝てしまったんだろう。頭がすごく痛かったから、その前後の記憶がすっぽり抜け落ちている。

――って!


「な、なんでひざま――うわっ!」


 目を開けた瞬間、自分が優斗の膝枕で寝ていたことに気づく。慌てて飛び起きた拍子に、目の前にいた優斗と額を――ゴンッ、と、容赦ない音でぶつけてしまった。


「ちょ、夏音ちゃん!? 大丈夫?」

「うぅ……」


 額を押さえて悶絶する私と、ソファーにのけぞる優斗。

ぶつかった音の重さは、痛みがしっかり証明してくれていた。


「あははは! お前らホント面白いなぁ! ヤエも何か言えよ……ヤエ?」

「……先輩、気絶してますね」


――――――――――――――――――――――――――


 しばらくして優斗は目を覚まし、場の混乱も落ち着いたころ。

 気づけば「お粥パーティー」と称して準備が始まっていた。


 もともとカレーの予定だったはずだけど……みんなが私に合わせてくれたのかな。


少しだけ胸がチクリとする。


「(夏音、メニューのことは気にしなくていいよ。水津木兄妹が買いすぎただけだから)」


 優斗が小声でそう言って、苦笑を浮かべる。


「(……そうだとしても嬉しいよ。ありがと)」


 体のだるさのせいか、顔が熱くなる。

優斗の顔を見られなくなった私のもとへ、詩乃ちゃんが色とりどりのお粥を運んできた。


「お待たせしました! ……やっぱり顔赤いですね。あとで熱も測ってくださいね?」

「う、うん! さすがにこれ以上休むわけにもいかないしね!」


 そう答えると、棟哉くんがレンゲと茶碗を置き、優斗の向かいに座った。


「さて、全員そろったな? それじゃあ……」


 待ちきれない様子の棟哉くんに、詩乃ちゃんも席につく。


「「「「いただきます!」」」」


 テーブルには、鮭、なめ茸、韓国のり、卵……色んなおかずが並び、香りが一気に広がる。


「おお、この卵のやつ、出汁入ってる?」

「よくわかったなヤエ! 家から持ってきたんだが、結構イケるだろ?」

「ですです! 私が風邪の時、兄さんがよく作ってくれた味です!」


 笑い声が交わされる食卓。

こうして皆でいると、さっきまでの不安も痛みも少し薄らいでいく。


 ――そういえば、さっきの夢はいつもと違った。

 優斗の声で目覚めたその感覚が、やけに心地よく残っている。


「ん、どうかした夏音?」

「いや、何でもない……あ、そっちのお粥取ってくれる?」

「おっけー、取り皿貸して」


 そうやって視線をそらし、優斗に皿を渡す。


「お前ら、まるで夫ふ――むぐっ!?」

「兄さん、このお粥も美味しいよ」


 詩乃ちゃんが、棟哉くんの口に熱々のお粥を放り込み、即座に悲鳴が上がった。


――――――――――――――――――――――――――


 食事も終わり、片付けようとした瞬間、棟哉が「座ってろ」とばかりに立ち上がり、皿を重ねていく。

 詩乃ちゃんも後を追って流しへ向かった。


 棟哉はいつも僕の考えがお見通しなんだよなぁ……。

 まぁけど、今日ばっかりは甘えちゃおうかな。


「……じゃあ、お言葉に甘えて少しゆっくりしようか、夏音」

「うん……でも私、休んでばっかりで悪いかも」


 そう笑う夏音に、僕も微笑み返す。


「仕方ないって。この三日間、本当に色々あったしさ」

「確かに、こんなにドタバタしたのは久しぶりかも」


「久しぶりって、前にも何かあったの?」

「(……優斗になら話してもいいかな)」


 夏音は少し真剣な顔になり、静かに語り出した。


「中学の時、二人の子を助けたことがあるんだ。でも、私も危ない目にあってね」

「二人も……すごいな。今も元気にしてるの?」

「うん! 一人はヒオちゃんだもん!」

「え……そうだったんだ」


 天名さんの名前が出てきて驚く僕に、夏音は続ける。


「もう一人は……行方が分からないんだ。連絡先も知らなかったし、気づいたらいなくなってた」


 窓の外を見つめながら、彼女は小さくつぶやいた。


「あの子……元気でいてくれるといいな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ