#34 無条件の安心感
「よ、よう……邪魔したよな? 俺、ちょっと散歩でも行ってくるわ!」
「ま、待ってってば! 違うから! ……いつから見てたの?」
「えっとな、『いや無理でしょこれ』あたりからかな」
……ほとんど最初からじゃないか。
しかも冒頭を聞いてないとなれば、そりゃ勘違いもするか。
「って、お前……顔真っ赤じゃねぇか。まさか熱か?」
「ち、違……もう、ほっといてよ!」
棟哉はニヤリと笑うと、俺の耳元に顔を寄せてくる。
夏音のことになると、この人は必ずこうだ……正直、ちょっと恥ずかしい。
「(やっぱお前、夏音ちゃんに好かれてんじゃねぇの? 前にも言ったけどさ、絶対優良物件だぜ?)」
「(だからその話はもういいって! ……夏音は体調悪い時に誰かに甘えたくなっただけだよ。両親も家にいないし、俺だってそういう時ある)」
「(ふーん……お前がそう言うなら引っ込めるけど、俺はやっぱそうだと思うけどなぁ)」
ジト目でこちらを見てきた棟哉だったが、ふと何かを思い出したように目を開く――
「そうそう、夏音ちゃんのために――」
『ただいまです~』
リビングに少し高めの声が響く。詩乃ちゃんが帰ってきたらしい。
「おかえり、詩乃ちゃん。お買い物ありがとう」
「なんだよ詩乃、俺が気の利く男だってとこを――」
「はいはい、兄さんはいつも気が利くよ。……って、何その顔?」
詩乃ちゃんの手にはレンジで温められるお粥と頭痛薬、さらに味変用のご飯のお供がぎっしり入っていた。
だが棟哉がその袋を見て、やたらと驚いた表情をしている。
「……もしかして、棟哉」
「あぁ。俺も同じお粥とお供一式を買ってきた。ほら、玄関横に置いてあるだろ?」
指差す先を見ると、確かにそっくりな袋が鎮座している。
詩乃ちゃんは苦笑しつつ額に手を当てた。
ありがたいけど、これじゃ材料が余りまくるな……。
「じゃあ、今日はみんなでお粥パーティーにしよう! 夏音だけお粥じゃ寂しいしさ」
俺の提案に、二人は同時にこちらを振り返り、顔を輝かせた。
「お、それはいい! 詩乃、早速準備だ!」
「うん、そうだね! 絶対楽しいよ!」
さっきまでの空気が嘘のように二人のテンションは跳ね上がり、テキパキと動き出す。
その手際に、思わずぼーっと見とれてしまった。
「……あ、僕も――」
「ヤエはそこでストップ」「ヤエ先輩も動かないで」
膝で眠る夏音をそっと起こそうとした瞬間、二人から即ストップが入る。
……確かに、頭痛で休んでる子の頭を動かすのは無粋だ。
「……そうだね。じゃあお願いするよ」
俺が微笑むと、棟哉は小さくガッツポーズ、詩乃ちゃんは頷き、準備に戻った。
『兄さん!? 一度にそんなにレンジ入れないで!』
『え? だって効率いいじゃん』
『温度ムラになるの! 一個ずつ!』
そんなやり取りを耳にしながら、俺は夏音の寝顔を覗き込む。
「くぅ……くぅ……あ、りがと……」
「あはは……寝言かな。どういたしまして」
その柔らかな寝顔を見ているうちに、こっちまで眠気が――
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私はまた、不思議な夢を見た。
いつもと似ているけれど、少し違う。
体は動かず、視界も霞んでいる。
けれど太ももの辺りを誰かの腕が支えていて、上下に揺れている感覚がある。
……背負われてる?
普通なら暴れようとするのかもしれない。
でも、金縛りのように動けず……いや、動こうとも思わなかった。
むしろ、安心してこの背中に体を預けたくなった。
何も考えず、このまま運ばれていたい――そんな気持ち。
かろうじて動く唇で「ありがとう」と呟くと、「どういたしまして」という声が耳に届いた気がした。
そのまま意識は、静かに遠のいていく。
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「(兄さん兄さん、アレ見て)」
「ん? ……あぁ、そういうことか」
棟哉は、眠る優斗と夏音を交互に見て、ゆっくり頷いた。
「二人とも、すごく安心した顔してる」
「あぁ……なんでこうも信頼し合ってんだろうな」
「そういえばそうだね……兄さん、ヤエ先輩に友達として見られるまですっごい時間かかったのに」
詩乃がさらっと棟哉を煽る。
これがこの兄妹の平常運転だ。
「うるせぇ。ま、今の明るいヤエになったのは俺のおかげだ」
「うん、遊んでても楽しいし、友達も増えたみたいで良かった」
そんな会話の後、二人の視線は自然と夏音へ。
「……なぁ、詩乃。この寝顔、反則じゃないか?」
「あー……うん。でも兄さん、異性の寝顔をじっと見るのはアウトだよ」
そう言いながら、詩乃も優斗の寝顔をしっかり見つめていた。
「そうは言ってもさ……見とれるなって方が無理だろ。白雪姫って言われても信じるぞ」
「わかる。私も信じる」
夕陽に照らされ、ほんの少し髪が頬にかかるその姿は、本当に物語から抜け出したみたいだった。
「はぁ~あ、ヤエさんよぉそこ変わってくれよぉ……」
「兄さん、その言い方ガチっぽいからやめて」
「いや、ガチなんだが……」
そんなやり取りをしていると――
「ん……あれ、私……」
「(……起こしちゃったな)」
「(だね、ちょっと悪いことしたかも)」




