#30 ライバル
「……兄さん、本当に良かったの? 先輩たち置いて行っちゃって」
「いいんだよ。レジで邪魔になるのは本当だし、袋詰めもアイツなりのこだわりがあってうるせぇからな」
「それ、兄さんがぐちゃぐちゃに詰めるからでしょ……ヤエ先輩が怒るのも当然」
詩乃は呆れたように目を細め、兄を見る。
だが棟哉は、ふと何かに気づいたように視線を別の方向へ向けた。
「……ん? あれってもしかして……」
「どうしたの、兄さん?」
「いや、なんか見覚えのある女の人が――」
その言葉の直後、その女性が驚いたような顔で近づいてきた。
棟哉たちより十歳ほど年上に見える。
「あら!? もしかして棟哉くん? 久しぶりね~、小学校以来かしら?」
「……? あ、あぁーーー! 陽織ちゃんのお母さんですか!? お久しぶりです!」
「りっちゃん、あの頃よりずいぶん変わったわよ~。新しい親友もできたみたいで、楽しくやってるみたい」
にこりと笑う女性に、棟哉もつられて笑みを浮かべる。
「それって夏音ちゃんのことですよね? 同じクラスだから知ってます」
「あら、そうだったの? もう、りっちゃんったら教えてくれればいいのに……」
陽織の母、陽子は頬に手を当て、不満そうに小さくため息をつく。
「昔からあまり自分の事を話そうとしませんよね、陽織ちゃんって」
「そうなのよねぇ、誰に似ちゃったのかしら……ああ、そういえばそちらの子は?」
陽子は少し考える素振りを見せた後、興味の矛先を詩乃へと移した。
「――あら、この子は?」
「は、初めまして、水津木 詩乃と申します。兄さんの一つ下の妹です。陽織先輩のおはな――」
「あらまぁ、しっかりした可愛い妹さんねぇ」
自己紹介の途中で言葉を遮られ、少しむっとする詩乃。
その横で、棟哉が勢いよく乗ってくる。
「そうなんですよ! 俺の妹は世界一可愛いし、ほんっとにいい子で! この間なんて――」
「はい兄さん、ストップ」
熱弁を始める棟哉の額に、鈍い音を立てて詩乃のチョップが落ちる。
「……すみません」
「次はグーだからね」
しょんぼりと肩を落とす棟哉と、拳を構えて兄を睨む詩乃。
そのやり取りを、陽子は終始、微笑ましそうに見守っていた。
――――――――――――――――――――――――――
優斗と二人で会計を済ませ、大量の荷物を抱えながら水津木兄妹を探す。
袋の少ない優斗は、それでも息を切らせ、絞るような声を出した。
「はぁ……はぁ……あいつら、どこまで行ったんだ……」
「ゲームセンター行くって言ってたし、もう結構遠くに行っちゃったかもね」
優斗は「そんなぁ……」とぼやき、うなだれながら荷物を地面にドサッと置いた。
「あーもう! 食べ物なんだから雑に置かない!」
確かに力はない。
でも、こればっかりは譲れない。
「夏音、この量は僕には無理だよ……。棟哉、今度課題見せてって言ってきても無視してやる……」
こういう優斗の姿は珍しくないけど、将来ちょっと心配になる。
――もしかして、この非力さって『施設』での生活と関係あるのかな。
……いや、考えたって仕方ないか。優斗は優斗だ。
「ほら、貸して。探すより先にロッカー寄ろう」
「うわっ! 急に取らないでよ……でも助かる」
半分ほど荷物を奪う。
とはいえ、やっぱり重い……。
一週間分なんて、ほんとに買うなんて。
お金は両親から送られてきているのだろう。
会計のとき黒いカードが見えた瞬間、思わず変な声が出そうになった。
……まあ、私も毎月スマホアプリ経由で食費が振り込まれてるけど。
そんなことを考えていた時、後ろから声がかかった。
「やっほー、なっちゃん! 何その大荷物」
「あ、天名さん!?」
「ヒオちゃん! 助かった! これ、ちょっと持って!」
振り向けば、黒髪のボブを揺らす陽織。
土曜だから、遊びに来ていたのだろう。
「うわ、すご……。よし、私に任せて!」
私が差し出していない重い方の袋を、彼女はひょいと持ち上げる。
「あぁ、そっち持たなくてもいいのに……」
「いいっていいって。それで、これどうしたの? もしかしてヤエの家に泊まったって話、本当?」
その言葉に、私と優斗は同時に「う」と声を詰まらせた。
「……ということは、本当なんだ。ついになっちゃんに彼氏かぁ」
「ち、違うって天名さん! わかってて言ってるでしょ!?」
優斗の真っ赤な顔は、むしろ隠し事をしているように見える。
「そういう態度、嘘ついてるようにしか見えないよ」
私は、あらかじめ考えていた言い訳を口にする。
「優斗がね、階段から落ちちゃって――」
「ふーん……まあ、確かにヤエはひ弱だし仕方ないか。女の子に看病させるのは気に入らないけど」
「そ、それは……棟哉にはいつもお世話になってるから……」
優斗の声は裏返り、どうにも嘘っぽい。
――まあ、嘘が下手なのもこの子らしいけど。
「ま、いいや。なっちゃんに何もしてなさそうだし」
「ありがとうございます、天名さま……」
「で、これからどこ行くの? 私も混ぜて!」
――――――――――――――――――――――――――
僕たちはロッカーに買った荷物と貴重品を詰め込み、身軽な状態で水津木兄妹が待っているであろうゲームセンターへ向かっていた。
二日連続でゲームセンターに行くことになるなんて、正直少し予想外だ。
「にしても水津木もいるなんてねー……ここってパンチングマシーンあったっけ?」
隣を歩く天名さんが、少し挑戦的な笑みを浮かべて尋ねてくる。
どうやら棟哉とはライバル関係らしく、体育の授業ではいつも楽しそうに競い合っている。
まぁ、二人ともクラスでリーダー格の存在だし、そういう関係になるのも自然なのかもしれない。
「確かあったはずだけど、せっかくだし皆で遊べるやつにしようよ」
「それもそうだね……あ、水津木いたよ」
天名さんの視線の先には、メダルゲームの台に向かって集中している棟哉の姿があった。
中央には、僕らがよくやっているゲームに出てくる巨大モンスターのフィギュアが鎮座していて、今にも動き出しそうな迫力だ。
「おーい、棟哉ー! お待たせ!」
「お、ヤエ達……って、なんか人数増えてねぇか」
「なんかって何よ」
棟哉は笑いながらも手を止めず、指で台の中央を示す。
そこには金色の玉が今にも落ちそうになっていた。
「ほら、もうすぐジャックポットチャンスなんだよ」
僕らがその光景を覗き込んでいると――
「あーーーっ! 兄さん、合流したら終わりって言ったのに! ずるい!」
詩乃ちゃんが駆け寄ってきて、むくれ顔で棟哉に抗議した。
どうやら、二人は何か勝負をしていたらしい。
「おお、落ち着けって! これ終わったら精算するから」
「ダメだよ! お三方が退屈に……お三方?」
ふと、詩乃ちゃんの視線が僕らに向き、初対面に気づいた瞬間、頬が赤く染まる。
「何この可愛い子!? もしかして水津木の妹ちゃん!?」
天名さんが目を輝かせながら、勢いよく僕らに詰め寄ってきた。
……棟哉と天名さん、やっぱり似た者同士かもしれない。
「そうそう、これが詩乃。僕たちより一つ下だよ」
「えっ、一個下!? こんな可愛い後輩がうちの学校にいたなんて……」
「もうやめてください! 兄さん、ほら、精算!」
「ちょ、せめて演出くらい――」
結局この勝負は、僕たちが来るまでにどれだけ稼げるかというものだったらしい。
結果はまさかの引き分け。
引き分けで終わるのは物足りないと、今度はエアホッケーで決着をつけることになった。
そこからの試合は、本当に凄まじかった。
棟哉・天名さんペアのパワーとコンビネーションは圧巻で、夏音・詩乃ちゃんペアは絶妙な連携で隙を狙う。
僕はというと、正直入り込む余地なんて全くなかった。
何度もデュースを繰り返した末、勝ったのは棟哉チーム。
今、僕たちはロッカーへ向かっているところだ。
「いやぁ、良い勝負だったな! ……で、そもそも何で戦ってたんだっけ?」
「いやだなぁ兄さん、それは……あれ?」
水津木兄妹、本当に仲が良い。自然と口元が緩んでしまう。
「でも負けちゃったなぁ……ヒオちゃん! 今度は一対一で勝負しよう!」
「いいけど、容赦しないよ!」
「ところでヤエ、さっきはずっと見てるだけでよかったのか?」
「本当は少しやりたかったけど、僕が入ったら邪魔になるだろうし……」
その言葉に、棟哉は驚いたように目を見開く。
「なわけねぇだろ! お前がいた方が絶対楽しいって! なぁ、みんなもそう思うよな?」
他の三人も顔を見合わせ、微笑みながらうなずいた。
――こういう瞬間を見ると、本当にこの四人が友達でよかったと思う。
「な? じゃあ今度はヤエだけ両手持ちでやろうぜ! 俺たちは片手で――ん? 陽織ちゃん、どうした?」
棟哉が僕の肩に手を回しつつ笑っていたが、その表情がふと変わる。
「……お母さん?」
「りっちゃん……」
そうだ。
天名さんのご両親、この辺りでお店を開いていたんだった。
「仕事、早めに終わったの? あ、買い物とか?」
僕が止めようと足を踏み出しかけた時、夏音が肩を掴む。
「(優斗、今はダメだよ。これこそデリカシーの問題だって)」
「(でも! 陽子さん、困ってるじゃないか!)」
「(これは俺もやめた方がいいと思う……夏音ちゃん、そっちの腕抑えて)」
「(任せて!)」
そう言って、棟哉と夏音が僕の両腕をがっちり掴む。
そのまま、僕はロッカーへと強制的に連行されていった。




