#29 お買い物
そこには、新たに隠れていたファイルが三つほど現れていた。
「『高校』に『中学』……あと、『施設』?」
私が不思議そうに首を傾げながら名前を読み上げると、詩乃ちゃんは慣れた手つきで次々とフォルダを開いていく。
中には、その名前に関連した写真が保存されているようだった。
ちらりと見えた『高校』フォルダの中には、優斗や棟哉くん、そして私を含めたクラスメイトたちと写った写真が並んでいる。
どの写真の中の優斗も、生き生きとした笑顔を浮かべていた。
おそらく『中学』も同じように、学校生活を切り取った写真なのだろう。
……じゃあ、『施設』って何?
彼女は画面を見つめたまま目を見開き、小さく「これは……」と呟く。
「詩乃ちゃん?」
「詩乃、どうした?」
少し様子が変な詩乃ちゃんに、棟哉くんと目を見合わせながら心配そうに問いかけ、二人してパソコンの画面を覗き込もうと――
「おまたせ! 買い物、みんなも……って、何してんの?」
――その瞬間、優斗が突然部屋に戻ってきた。
「い、いや! なんでもないぞ! なぁ、詩乃!?」
「そ、そうですよね!? 夏音先輩!」
「へ!? 確かに何もしてないよ!」
動揺丸出しのまま、詩乃ちゃんは素早く隠しファイルの表示設定を元に戻す。
「ふーん……まあいっか。それより、どうする? お買い物、一緒に行く?」
その一言に、私たちは顔を見合わせ、安堵の息をついた。
「まあ一日、詩乃も世話になっちまったし、荷物持ちくらいはさせてくれ」
「なら私も行きます……兄さんに借りは作りたくないですし」
「二人とも嬉しいよ……夏音はどうする?」
優斗がほんの少し不安げな表情で私に問いかける。
「もちろん行くよ。お世話になったし、一人だけお留守番ってのも寂しいしね」
「そっか、それなら良かった! じゃあお隣さんに今日は来なくてもいいって連絡してくる」
優斗は上機嫌にスマホを取り出し、メッセージを打ちながら階下へ降りていった。
「(兄さん兄さん、ヤエ先輩って夏音先輩に対していつもこんな感じなの?)」
「(……まあ、割とこんな感じだけど、今日はいつもよりテンション高いな)」
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そうして今、私たちは昨日も訪れたショッピングモールへ向かう道を歩いている。
まさか二日連続で来ることになるとは思わなかった。
ちなみに、体操服と制服しか持っていなかった水津木兄妹は、優斗から服を借りて外出している。
棟哉くんは紺色のジーンズに青いシャツ。
詩乃ちゃんは、優斗が昔着ていたという白いポロシャツに、制服のスカートを合わせていた。
「そういえば、何を買うか決めてるのか?」
「うーん……特に食べたいものがあるわけじゃないから、いつも通りになるかな?」
「流石だな、“いつも通り”があるのか」
……優斗は昔から筋金入りの食わず嫌いだ。
心の中で苦笑しながら、ふと口を開く。
「あ、それじゃあ今日はみんなでカレーでも作らない?」
最近食べていなかったし、色々と落ち着いた今、みんなで作って食べれば楽しいはずだ。
「お、いいね。それにしよう!」
「ヤエのカレーかぁ……久しく食べてねぇし、いいかもな」
「どうして兄さんは、ご馳走になる前提なの?」
口調こそ違えど、全員が好意的に反応してくれた。
詩乃ちゃんも、言葉とは裏腹に「自分も参加したい」という気持ちを隠しきれていない。
「せっかくだし、棟哉くんたちも一緒に作ろうよ! 詩乃ちゃんも遠慮しないで」
「うん、僕もせっかくならみんなで作って食べたいし……まあ、無理には誘わないけどね」
そう誘うと、詩乃は一瞬だけ不安げに「本当にいいんですか?」と聞いてきた。
私と優斗が笑顔で頷くと、申し訳なさそうな表情が、少しずつ嬉しそうな笑顔に変わっていく。
「それなら……ご一緒したいです!」
それは、この日初めて見せた年相応の、輝くような笑顔だった。
私たちはその笑顔に微笑ましい気持ちを抱きながら――ただ一人、棟哉だけが「こんな顔見たことねぇ」と驚いた表情をしていたが――楽しく談笑しつつ、ショッピングモールへ向かって歩いていった。
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時刻は午前十一時を少し過ぎた頃。
太陽はだんだんと高く昇り、心地よかった風も、最近では湿り気を帯びてきたように感じる。
まだ日が傾くまで時間はある。
買い物は少し後回しでもいい――そんな空気の中で。
「いやー、久々に来たなぁ! ショッピングモール!」
「そうかな……せいぜい一週間ぶりじゃない?」
「細けぇことはいいんだよ詩乃! せっかくだし遊んで行こうぜ!」
「あっ、ちょっと! 一人で行かないでよ、兄さん!」
テンション高く入口へ駆け出す男と、声を弾ませながらその後を追う妹。
その二人はあっという間に館内へと姿を消した。
「……じゃああたしたちも、せっかくだし寄り道して行こうか、優斗?」
「うん、それもいいね」
二人の背中を目で追いながら、僕たちは自然と同じ言葉を口にしていた。
「「まあ、たまにはこういうのもいいよね」」
互いに微笑み、ゆっくりと歩きながら後を追っていった。
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「えーっと、じゃがいもに、にんじん……ふむ、タマネギっと。これで基本の材料は揃ったかな」
今、僕たちは地下の食料品売り場にいる。夏音と詩乃ちゃんは別行動だ。
「おっと、ヤエくんよ。お肉を忘れちゃいませんか?」
「あっ、ほんとだ。助かるよ、棟哉」
そう言いながら、僕は一週間分のタマネギをカゴに放り込む。
「……なぁ、今さらだけど、それどんだけ買う気なんだ?」
「え? 一週間分だけど……」
そう、カゴには僕たち四人分を含め、およそ十人前の材料が入っている。
「うわ、今日ちょっとお肉が高いな……ひき肉にしよう」
「はぁ……もうツッコまないからな」
僕がドサドサとひき肉を追加する横で、棟哉は呆れたように肩をすくめた。
一度に大量に買ったほうが効率がいいのに……。
「ていうか、お前こんな量持てるのか? ヤエって、詩乃より力ないだろ」
「ちょっ!? さすがに詩乃ちゃんよりは……いや、ないかも」
そういえば以前、彼女が部活で使ったであろう大量の雑誌を軽々と運んでいるのを見たことがある。
「まあ、普段はガタイのいいお隣さんが付き合ってくれるから大丈夫なんだよ。車も出してくれるし」
「ふーん……たしか、その人と知り合ったのはお前が引っ越してきた頃だっけ?」
「そうらしいね。父さんと母さんがよく話してたみたいで――あ、夏音たち戻ってきた」
遠くから、買い物カゴを手にした夏音と詩乃ちゃんが小走りで近づいてくる。
「おまたせー! 頼まれた物、これでいい?」
「何度も確認しましたから、過不足はないはずです」
「甘口と中辛をひと箱ずつ、なくなりそうだったチーズに……お醬油も……うん、全部そろってる。ありがとう、二人とも」
礼を言うと、夏音と詩乃ちゃんは「イエーイ!」と声を合わせてハイタッチした。
「よし、これで全部かな。僕はレジに行ってくるから、みんなは外で――」
「何言ってるの!? 優斗じゃ、この量運べないでしょ」
「じゃ、レジ周りに四人もいたら邪魔だし、俺たちは先にゲーセンでも行ってるわ。それじゃ!」
「あ、ちょっと兄さん!?」
棟哉は早口でそう言い、詩乃ちゃんの手を引いてエレベーターの方へ消えていった。
……あいつ、逃げやがった。
「……もう置いて帰っちゃおうか」
「いやいやいや! 詩乃ちゃんは連れて帰ってあげようよ!」
「まあ、それもそうだね……待たせるのも悪いし、さっさと行っちゃおうか」




