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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
28/111

#28 隠しフォルダ

 先生が出て行ったあと、僕ら三人はしばらく目を見合わせ、妙な沈黙が落ちた。


「「……丸投げしたな、あの先生!?」」


 僕と岡崎が、奇しくも同じタイミングで声を上げる。

 その様子に夏音は「あはは」と苦笑いを浮かべた。


「……まあ、仕方ないか。とりあえず学校まで行こう。そこからなら岡崎も一人で帰れるだろ?」


 そう提案すると、岡崎は少し安心したように頷く。


「そういえば夏音はどうする? 一緒に来る?」

「あ、あたしは……えっと、棟哉くん達だけに任せるのも悪いし、留守番してようかなーって……」


 少し考えてから目を逸らすように答える夏音。

 やっぱり、許したとはいえ岡崎を完全に怖くなくなったわけじゃないのかもしれない。


「そっか。じゃあ僕は岡崎と行ってくるから、家のこと頼むね」

「う、うん。行ってらっしゃい!」


 そのやりとりを横で聞いていた岡崎は、ぼんやりとした顔で僕たちを見ていた。


「……? どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 額に手を当てながら視線を逸らす岡崎。


「頭でも痛いの?」

「そういうわけじゃ……うん、少し疲れただけだ」


 そう言って歩き出した岡崎は、何故か夏音や天名さんの家の方へ。


「岡崎ー! 学校は反対!」

「あ、そうだった……」


 バツが悪そうに戻ってくる岡崎。

 ちょっとおっちょこちょいなのかもしれない。


「じゃあ、はぐれないようにちゃんとついてきてね?」

「……バカにしてない?」

「してないよ」


 ジト目をそらしつつ、僕らは軽口を叩きながら学校へ向かった。

 後ろを振り返ると、夏音が優しく手を振って見送ってくれている。

 ……なんだか家の中の方を気にしているようにも見えたけど、まあ気のせいか。


 ――――――――――――――――――――――――――


 優斗と岡崎くんを見送った私は、足早に優斗の部屋へ戻る。

 ドアを開けると、PCの前にいた二人がビクリと振り返った。


「や、ヤエか!?」「ヤエ先輩!?」

「ち、違う違う! あたしだって!」


 顔面蒼白だった兄妹が同時に胸を撫で下ろす。


「なんだ、夏音ちゃんか……」

「驚かせないでくださいよぉ……」


 ――なんか、さっきも似たようなことあった気がするけど……まあいいや。


「ごめんごめん。それで、パソコンの方は?」


 モニターには、まだパスワード入力画面が残っていた。


「どうもこうも、夏音ちゃんがいた時から進展なし」

「ヤエ先輩、防御が固すぎです……」


 椅子の棟哉くんは肩を竦め、正座の詩乃ちゃんは疲れたのか仰向けに倒れ込む。


 ――少し前。

 最初のパスワード解除に成功した私たちは、フォルダ一覧を開いていた。


「……うーん、無難な書類ばっかだな。もっと面白いの期待してたんだが」

「『アルバム』……ちょっと気になるかも」

「兄さん、開けてみて」

「はいはい……あー」


 出てきたのは、またもやパスワード入力画面だった。


 ……まじか。


 三人とも声に出さずに同じことを思った。


 ――――――――――――――――――――――――――


 僕と岡崎は、ゲームや勉強の話をしながら歩き、学校近くまで来ていた。


「この辺ならもう平気だ」

「そっか。じゃあ帰りは気をつけて。不審者も多いみたいだし」

「おう……あと、改めて謝る。本当にごめん。スタンガンがあそこまで強いとは思ってなかった」


 頭を下げる岡崎に、僕は苦笑いを浮かべる。


「あはは、もういいって。腕はまだ痛いけど処置も済んだし、痕も残らないらしいしさ」


 ――人はいいのに、どうしても警戒してしまう。

 言葉が冷たくなっている気もする。


「心配してくれるのは嬉しいけど、先生にもちゃんと謝れよ? 迷惑かけたんだし」

「もちろん。来週行くつもりだ……それで、なんだけどさ」


 岡崎が急にもじもじし始めた。


「八重桜って……篠原さんのこと、好きなのか?」

「……は? え? なんで急に?」

「い、いや、忘れてくれ!」


 手を振って慌てる岡崎。


「別に隠すことでもないけど……正直わかんない。恋はしてないと思――」

「くっ……あっはははは!」

「ちょ! なんで笑うんだよ!」


 吹っ切れたように笑う岡崎の顔は、妙に晴れやかだった。


「いや、悪い。思ったよりお似合いだなって」

「えぇ……僕と夏音なんて釣り合わないって」

「でも、これで諦められる気がする。今日は本当にありがとう! じゃあな!」


 そう言って上機嫌で学校の方へ去っていく岡崎。


 ……スルーされたうえに置いてかれた気分だ。


「……僕も帰ろう」


 妙な疲労感を抱えながら、僕は踵を返した。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――


「……兄さん、これ以上はさすがに無理ですね」

「そっかぁ……でも、お宝はこの中にありそうなんだよなぁ」

「仕方ないですよ。パスワードの桁数すら分からないんじゃ、ヒントなしじゃどうしようもないです」


 何度も候補を試したが、結局開くことはできず、室内には諦めムードが漂っていた。


「ま、確かにそうだな。……じゃあ、アイツが戻ってくる前にさっさとシャットダウンして証拠隠――」


 棟哉くんが言い切るより早く、バンッ! と勢いよく扉が開かれる。


「はあああぁぁッ! もおおおぉぉッ!」

「ひっ!? ヤ、ヤエ……そんなに揺さぶるなってぇぇぇ!」


 まるでこちらの行動を読んでいたかのように、優斗が飛び込んできて棟哉くんの肩を両手で掴み、ガクガクと揺さぶった。


「って、これ! 最初のパスワードは!? まさか総当たりで!?」

「いえ、夏音先輩の誕生日ですよね? あっさり開きましたよ」


 詩乃ちゃんが淡々と説明すると、優斗は「へ?」と素っ頓狂な声を上げて目を丸くする。


「あー、そういえば……夏音の誕生日って7月10日だっけ。それ考えてるときに納豆食べてたから“0710”にしたんだ」


 ……いかにも優斗らしい理由だ。


 他の二人も、呆れ半分の顔を隠そうともしない。


「この画面ってことは……アルバム開こうとしてたのか。でも、このフォルダは面白くないよ? それでも見たい?」

「まぁ、見たいか見たくないかで言えば見たいかな。お前の小学生時代なんて知らないし」

「あたしも見たい! ……って、棟哉くんと優斗って中学からの付き合いだったんだ。てっきり幼馴染かと」


 一見、気が合いそうに見えない二人だけに、ここ最近の付き合いだというのは意外だった。


 そんなことを考えていると、優斗が詩乃ちゃんに「ちょっとごめん」と声をかけ、パソコンの前の椅子に座る。


「まぁ、あの時はほとんど棟哉が一方的に絡んできただけだけど……よし、開いた」

「えっ!? いいの?」

「見られたら……まぁ、ちょっと嫌だけど、知らない間に見られて気を使われる方がもっと嫌だから。……あ、写真はないからね?」


 そう言って画面を指さす優斗。

 そこには『両親』『バイト先』『部活』の三つのフォルダが並んでいた。


「なんだよこれ……ほんっと面白くねぇな」

「まぁまぁ……もしかしてこれ、連絡の記録ですか?」

「お、詩乃ちゃん、よくわかったね。忘れないようにメモとして残してあるんだ。……中、見てもいいよ」


 席を譲られた詩乃ちゃんは、『両親』のフォルダを開いた。


「何これ……数字がびっしり……」

「年、月、日で番号振ってますね。私もやりますけど……夏音先輩、片付け苦手なんですか?」


 それだけで見抜かれるとは……詩乃ちゃん、意外と鋭い。


「い、いやぁ……そんなことない、よ? あはは……」

「お菓子を条件に陽織ちゃんに片付けさせてるの、俺知ってる」

「棟哉くんは黙ってて」


 そんなやり取りをしているうちに、詩乃ちゃんはマウスホイールを回し続け――


「……これ、本当にご両親からのメールですか? 全部同じ文面ですよ?」

「そうだよ。親からの連絡は、現状この定型文だけだ」

「そんな……」


 私の家も両親がしばらく帰ってきてないけど、メールのやり取りくらいは普通にできる。

 これはさすがに……。


 そこに並んでいた文章は――

『今月の生活費を振り込んでおいた。無駄遣いはしない様に。』

 ほぼそれだけだった。


 優斗からは、テストの結果や学校を休んだこと、無駄遣いしたことなど、いろいろと報告が送られているのに、返ってくるのは毎月初めの同じ一文だけ。


「こうして見ると、私たちって恵まれて――」

「詩乃ッ! それ、思っても口に出すな! しかも夏音ちゃんも親が帰ってきてないんだぞ。デリカシーなさすぎだ」

「っ……ご、ごめんなさい……」


 詩乃ちゃんは、棟哉くんに叱られるのが珍しいのか、驚いた表情を浮かべる。


「はは、大丈夫。もう慣れてるから」

「うん、あたしも平気……ていうか、棟哉くん! 詩乃ちゃんにもっと優しくしなよ!」

「す、すまん……え? なんで俺が怒られてんの?」


 そんなやり取りの横で、優斗が「あ、そうだ」と何かを思い出したように声を上げた。


「今日、買い物の日だった。そろそろ隣の人が迎えに来るだろうし、俺は下で準備してるよ」

「お、おう……悪かったな」

「いや、大丈夫」


 そう笑って部屋を出て行く優斗。

 もとはといえば、私がアルバムを見たいと言ったのが原因。

 ちょっと申し訳なくなる。


 ――が、そこで詩乃ちゃんが小さく「……もしかして」と呟き、パソコンを操作し始めた。


「兄さん、夏音先輩……ここにお宝がある気がします」

「おい詩乃、もうやめとけって。これ以上の深入りは……」

「そうだよ、詩乃ちゃん……」


 私たちの制止をよそに、詩乃ちゃんはマウスを上の項目へ移動させ、『隠しファイル』のチェックボックスにカーソルを合わせる。


「ちょ、ちょっと詩乃さん? 何を……」


 棟哉くんが、何かを察して青ざめる。


「実はですね……男の人って、フォルダの奥に“隠しファイル”を作って安心してること、多いんですよ」

「ま、まさか……俺のアレを……!?」

「ノーコメントです」

「ふおおおお……マジか……」


 棟哉くんは頭を抱えてぐったり。


「兄さんって、案外守備範囲広いんですね」

「敬語!? しかもどういう意味だそれ!」


 ……なんだか、この兄妹の掛け合い、微笑ましい。

 ただ、正直言うと私は詩乃ちゃんが何をしようとしているのか、まったく分かっていない。棟哉くんは理解しているようだけど。


「えっと……ごめん、つまりは?」

「あぁ、ごめんなさい。画面、見ててくださいね?」


 そう言って、詩乃ちゃんが『隠しファイル』にチェックを入れると――

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