表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
27/111

#27 秘密のフォルダ

「さて、そろそろ俺たちはお暇するか」

「ですね。このまま長居しても八重桜に迷惑かけちゃいますし」


 そう言って岡崎くんと物宮先生が席を立つ。


「あ、でも八重桜。水津木に一言だけお礼を言わせてもらえないか?」

「いや、それはいいよ。アイツ素直じゃないし、僕から伝えておく」

「確かに……『俺はヤエのためにやっただけだ。礼なんかいらねぇよ』とか言いそう」


 わざと低い声で棟哉くんの真似をしてみせると、優斗が吹き出す。


「あははは! ほんとに言いそう!」


 その笑いにつられるように、みんなも笑顔になる。


 少し笑いが落ち着いた頃、優斗が「あっ」と小さく声を漏らした。


「ん? どうしたの?」

「いや、ちょっと先生に連絡しておきたいことを思い出してさ。……僕の成績とか、ちょっとプライベートな話だから、二人とも席を外してくれない?」


 まぁ……そういうことなら仕方ない。

 フリタイで済ませればいいのに、とは思ったけど。


 物宮先生が口を挟む。


「あー、あの話か。確かにお前らには聞かせられん内容だな」


 そう言って、先生は面倒くさそうに頭をかきながら、私と岡崎くんを見た。

 ますます内容が読めない……。

 成績の話なら、優斗が赤点なんて考えられないし。


「じゃあ俺と篠原さんはどこで待ってればいい?」

「二階の僕の部屋で待っててよ。たぶん水津木兄妹がいると思うし」

「わかった。それじゃあ上で待ってるね」


 私はそう言って廊下へと向かいかけ――


「夏音! ……なんか怒ってない?」

「え? ……別にそんなことないけど」

「そ、そっか……引き止めてごめん」

「ううん、大丈夫。それじゃあ行くね」


 ――――――――――――――――――――――――――


「……ねぇ、篠原さん」

「どうしたの、岡崎くん?」


 階段を上っている途中、岡崎くんが小声で話しかけてきた。


「正直、俺に告白されて……どう思った?」

「どうって……そりゃあ――」


 私が少し間を置くと、彼は期待と不安が入り混じった目を向けてくる。


「あたしなんかより可愛い子がたくさんいる中で、好きって言ってくれたのは嬉しかったよ。そのおかげで少し自信もついたし、その点では感謝してる」


 岡崎くんの表情が、わずかにほころぶ。


「今はまだ恋がどういうものか分からないけど、いつかきっと分かる日が来ると思う」


 階段を上り切ったところで、私は足を止めて彼に向き直った。


「もしその日が来たら……また告白してよ。もちろん、スタンガンなんて持たずに」

「……あぁ、そうさせてもらう。ありがとう、篠原さん」

「どういたしまして!」


 笑って答えると、彼は少し肩の力を抜いたように見えた。


「でも俺はここで待ってる。……今の水津木と一緒には居られない」


 あの棟哉くんの様子を見たら……それも無理はない。


「そっか。じゃあ一番奥の部屋で待ってなよ。優斗の読書部屋みたいなとこだから静かだし、本もいっぱいあるし」

「じゃあそこで待たせてもらうよ。終わったら呼びに来てくれると助かる」

「うん、任せて」


 そう言って私は優斗の部屋へ入った。


「おい詩乃! まだ分かんねぇのか!? 早くしないとヤエが戻ってくるぞ!」

「兄さんうるさい! 今やってるってば! そっちは何かヒント見つけたの!?」

「何もねぇから急かしてんだよ!」


 ……やっぱり。


 棟哉くんは引き出しをあさり、詩乃ちゃんはパソコンで何やら入力している。


「えっと……何してるの、二人とも」

「「ッ!?」」


 同時にビクッとして、振り返る。


「なーんだ、夏音ちゃんか」

「もう、驚かせないでくださいよ」


 このやり取りだけでも、仲の良い兄妹だと分かる。


 ……少し羨ましいかも。


 いや、今はそんな場合じゃない。


「で、何してたの? 随分慌ててたみたいだけど」

「よくぞ聞いてくれたな同志よ! 実はヤエのパソコンのデータ、前から見たくてな。そこそこ詳しい詩乃もいるし、チャンスだと思ってな」

「はぁ……同志ってことは、私も参加する流れ?」


 詩乃ちゃんが上目遣いでこちらを見る。


「一緒に……やってくれませんか?」

「ほら、詩乃もこう言ってるぞ。……ヤエの秘密フォルダ、見たくないか?」


 棟哉くんがにやりと笑いながら肩を抱いてくる。


「……仕方ないなぁ。そこまで言うなら付き合ってあげるよ」


「(夏音先輩……チョロいですね)」

「(シーッ! 聞こえたら手伝ってくれなくなるだろ!)」


 小声で何かやりとりしているけど、優斗が戻る前に終わらせたい。


「それで、あたしは何すればいい?」

「じゃあ一緒にパスワードのヒントを考えてください。4桁の数字なんですけど、兄さんじゃ謎解きは無理でしょうし」

「聞こえてるぞー」


 パスワード……優斗だったら――


「忘れるのが怖いだろうから、誕生日とかにしてるんじゃない?」

「それは一番最初に試した……ん? 待てよ」


 棟哉くんが何かひらめいたように私を見る。


「夏音ちゃん、誕生日いつ?」

「え? 7月10日だけど」

「詩乃、試してみろ!」


 詩乃ちゃんが勢いよくキーボードを叩く。


 数秒後、彼女の口元にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。


 ……まさか。


 ――――――――――――――――――――――――――


「すみません、話合わせてもらっちゃって……」

「いや、別に構わん。それに……教師が口を挟むべき話じゃないとも思うが、篠原は八重桜に頼ってほしかったんじゃないか?」


 夏音たちに席を外してもらった後、僕は物宮先生と向かい合って話していた。


「あぁ……やっぱり夏音、少し様子がおかしかったですよね。後でちゃんと謝っておきます」

「おう、そうしてやれ。それで? わざわざこのタイミングでってことは、かなり急ぎの用件なんだろ?」


 そう言って先生は、緊張を帯びた眼差しでまっすぐ僕を見据える。

 やっぱり、この人に相談して正解だったかもしれない。


「えぇ、実は―――」


 僕は昨日あったことを一から話した。


「……つまり、その黒ずくめの大男が、篠原か天名の家に何らかの目的で近づこうとしているかもしれない……そういうことか」


 先生は、僕の妄想かもしれない話を真剣に聞いてくれている。

 ……ただ、少し反応が早すぎる気もしたけれど、気のせいだろう。


「それで、大丈夫です……先生、何かご存じのことはありませんか?」

「そうだな……最近の不審者情報にはないし、俺も見た覚えはないな」

「やっぱりそうですか……ありがとうございます」


 軽く頭を下げると、先生は小さく首を振った。


「いや、礼を言われるようなことはしてない。それよりも、俺の仮説をひとつ話していいか?」


 そう言って、先生は顔を少し近づけてくる。


「先に言っておくが、気を悪くするかもしれん。途中で止めても構わない」

「多分大丈夫です……どんな仮説ですか?」

「要点だけ言うと……岡崎のスタンガンの威力についてだ」


 ……あぁ、なるほど。

 だから前置きがあったのか。


「続けるぞ。一発で男子高校生を気絶させる電力、それでいてポケットサイズ……相当高額な代物だ」

「確かに……僕は相場はわかりませんが、高校生のバイト代で買えるレベルじゃなさそうですね……まさか!」

「そう、その“まさか”だ。例の大男が裏で関与している可能性は高い」


 ……そう考えると、本当に危険な相手かもしれない。


「この件は俺が個人的に調べる。お前らに危険が及ばないように動くから、そこは安心しろ」

「ありがとうございます」

「しかし……確かにこの話は篠原たちにはできんな。岡崎以外は間違いなく首を突っ込む」


 僕は苦笑しながらうなずいた。


「じゃあ、上にいるみんなを呼んできますね。今日はここまでにしましょう」

「……あぁ、頼む」


 軽く会釈して廊下に出る。

 部屋の前まで来ると――やけに中が騒がしい。


 この家は防音性が高いはずだが、廊下までうっすらと声が漏れている。

 とりあえず、ノックしよう。


「話、終わったから迎えに来――おわっ!」


 ノックしてすぐドアを開けようとした瞬間、内側から強く閉められた。

 ……が、すぐに隙間から夏音が顔をのぞかせる。


「待ってたよ! 岡崎くん連れて下行くから、先に降りてていいからね!」

「う、うん……じゃあ、そうさせてもらおうかな……?」


 ……ものすごく嫌な予感がする。

 いや、きっと気のせいだ。


 お言葉に甘えて先に降りたが、その直後、夏音と岡崎も下りてきた。

 どうやら水津木兄妹は見送りには来ないらしい。


「んじゃあ、俺はこのまま帰るわ」


 そう言って――まあ、もともと手ぶらだったけど――岡崎は玄関に向かう。

 僕たちは先生と一緒に外へ出て、軽く挨拶を交わした。


「わかりました。先生、お気をつけて」

「物宮先生、お疲れさまでした!」


 先生を見送っていると、岡崎がどこか落ち着かない表情でこちらを見た。


「どうしたの?」

「……俺、ここに来るまで頭が真っ白でさ……自分の家までの道、覚えてないんだ」


 反射的に先生の方を振り返ったが――もうそこに先生の姿はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ