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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
22/111

#22 イタズラ

「……ふぅ、こんなもんでいいかな」


 僕は棟哉の隣で、自ら進んで正座していた。

 けれど夏音が「優斗は特に悪気があったわけじゃなさそうだから、よし!」と両手を胸の前でぱんっと合わせ、詩乃ちゃんもコクコク頷く。

 その言葉に甘えて僕は立ち上がり、横でまだ正座している棟哉を横目に見ながら、すっかり忘れていた布団の準備を自分の部屋と空き部屋にしに向かった。


「……そういえば、夏音の身体を見ちゃったこと、ちゃんと謝らないとな」


 頭に浮かんだ瞬間、あの時の光景が鮮明によみがえる。


 すべすべとしていそうな綺麗な肌。

 いつも運動している夏音らしい太くも細くもない健康的な肉体、そして――、


「ぅああっ! ……よし、戻ろう」


 慌てて首を振ってそのイメージを追い出し、それ以上は考えないようにして立ち上がった。

 途中、棟哉の分は用意しなくてもいいかと思ったが……さすがに少し可哀想なのでやめておく。


 ――――――――――――――――――――――――――


「……さてさて、どうしてやりましょうかねぇ、詩乃ちゃん?」

「ですね……どうしてやりますか、夏音先輩?」


 不敵に笑う私と詩乃ちゃんの前で、正座の棟哉くんが青ざめた顔でこちらを見上げていた。


「えっと……一体どうされるおつも――」

「棟哉くんは黙って!」「兄さんは静かに」


 声を出した瞬間、私は軽く怒鳴り、詩乃ちゃんは冷静に注意する。

 棟哉くんはしゅんと肩を落とし、「はい……」と小さく返事をして俯いた。


「とはいえ、さすがに酷いことをするのも気が引けるし……」

「あ、なら夏音先輩。ちょうどいいものがあります」


 詩乃ちゃんがテーブルから持ってきたのは――


「まさか……油性ペン?」

「はい。これで兄さんの顔に、外に出るのも恥ずかしいような落書きをしてやりましょう」


 その顔は怒りよりも、完全にイタズラを楽しむ子どもの表情だった。

 ……気づけば私も同じ顔をしていたらしい。

 後で棟哉くんに言われた。


「し、詩乃? 夏音ちゃん? それはちょっと……」

「問答無用!」「問答無用です!」


 声を揃えてペンを構え、焦る棟哉くんに飛びかかる。


 ――――――――――――――――――――――――――


 ……えっと、これは一体?


 目の前の棟哉を見て、思わず固まった。


「僕が布団敷いてる間に何があったの……?」

「なぁヤエ……俺、今どんな顔になってる?」


 元気なさげに訊く棟哉の顔には、黒インクでヒゲや鼻毛、額には「肉」の字。

 さらに首からは「私は風呂場にイタズラを仕掛けようとしました」と書かれたホワイトボードがぶら下がっている。


「……なんというか、見るに堪えない姿だよ」

「待て! 本当にどうなってるんだ!?」


 苦笑しつつ答えると、両手を顔の前でワタワタさせる棟哉。

 さすがに少し気の毒になった僕は、テーブル越しに談笑する二人に声をかけた。


「ねえ、そろそろ棟哉のこと許してあげない?」

「ん、棟哉くんを……?」


 被害者の二人だから、簡単には許さないだろうと思っていたが――


「ま、あたしは別にいいよ。ね、詩乃ちゃん?」

「はい、私も別に構いません」


 意外にもあっさり。


「……あれ、そうなの?」

「うん。多分、正座で足の感覚ないだろうから、助けてあげた方がいいかも」


 夏音が軽く言い、詩乃ちゃんもこくりと頷いた。


「棟哉、立っていいって」

「そうか……良かった……なぁヤエ」


 足を見ると真っ白で、とても自力で立てそうにない。


「わかった、肩貸すよ」

「悪いな……」


 そうして立ち上がろうとした瞬間――


「隙あり!」「よし、行きます!」


 二人が同時に立ち上がり、棟哉に接近。


 まさか――


「あああぁぁああ!!!! やめろやめろやめてくれぇ!!」

「あっははは! お風呂覗きの罪は重いぞ〜!」

「このくらいは当然です、兄さん!」


 夏音と詩乃ちゃんが、棟哉の足をペチペチ叩く。

 彼は暴れると痺れが増すのを知っているのか、されるがままだ。


 ……気の毒だけど、自業自得。


 しばらくしてようやく解放された棟哉は、肩で息をしながら僕に向かって言った。


「はぁ……はぁ……俺の癒しはヤエ……お前だけだ……」

「そんなこと言ってると運ばないぞ」

「慈悲は!? ……っと、サンキューな」


 僕は肩を貸し、ゆっくりと寝室へ。


「さ、行くよ。明日は早起きしてその落書き消さなきゃ」

「おーう……俺、朝弱いんだよなぁ……」


 ――――――――――――――――――――――――――


「二人とも、そのまま寝ちゃうのかな?」

「かもですね。ヤエ先輩も体力ある方じゃないですし、兄さんを運んで疲れてそう……くぁ……」


 詩乃ちゃんが小さく欠伸をする。


「あ、ごめんなさいです……」

「ううん、大丈夫。それじゃ、あたし達も寝よっか。優斗が布団敷いてくれてるし」


 私が立ち上がると、詩乃ちゃんも後に続く。


「明日にはヤエ先輩に感謝を伝えないとですね」

「そうだね。なんだかんだ楽しませてもらっちゃったし!」


 そんな会話をしながら、私たちは2階の空き部屋へ向かった。

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