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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
21/111

#21 苦手な物

「……ねぇ、やっぱりやめといた方がいいと思うんだけど」

「何言ってんだ! いざという時に動けなきゃ、男がすたるってもんだろ!」


 言っていることには一理ある。

 ……けど、状況が状況だ。


 そんなやり取りをしながら、気づけば僕たちは風呂場の前まで来てしまっていた。

 中からは夏音たちの和やかな会話が聞こえてくる。


『ねぇね、詩乃ちゃんは棟哉くんのこと、どう思ってるの?』

『どう、と言われましても……良い兄さんだと思ってます。よく私のことを気にかけてくれますし』

『ふーん? じゃあ好きなんだ。詩乃ちゃん、棟哉くんの話するとき、すごく楽しそうだもん』


 確かに、声からもほんのり楽しそうな空気が漂っていた。


『そ、そんなことは……それより夏音先輩こそ、ヤエ先輩のこと、どう思ってるんですか?』


 仕返しとばかりに、詩乃ちゃんが夏音へ逆質問する。


『へ? あ、あたしが優斗のことを? えーっと、それは……』


 そこまで聞いたところで、隣の棟哉が口を挟んだ。


「おい、扉の前でぼーっとしてどうした? ……匂いでも嗅いでんのか?」


 こいつ、さらっと爆弾投下しやがった。


「ち、違うわ!? ……そもそも、どうやって覗く気なんだよ。ここ、覗けるような隙間なんて――」


 言いかけた瞬間、棟哉が僕の口を押さえ、ポケットから何かを取り出す。

 ……虫だ。

 しかもかなりエグい見た目。


「んんーーっ!?」

「おっと落ち着け、おもちゃだよおもちゃ」


 よく見れば確かに動いてはいない。

 でも、モザイクが必要そうな造形なのは事実だ。


「いいか? これをドアの隙間から滑り込ませる。そしたら女子たちは絶対に叫ぶ。そこで俺たちが参上して虫を退治すれば……? 堂々と覗ける上に好感度もアップ、一石二鳥ってわけだ!」


 棟哉は自信満々に語るが――


「……それ、覗きって言うのか?」

「細けぇことはいいんだよ!」


 まぁ、棟哉らしいといえば棟哉らしい。


 そうこうしているうちに、彼はすでに行動を開始していた。


「よし……3、2、1……ほいっ」


 おもちゃがドアの隙間へ滑り込み――


「きゃああああぁ!」「きゃーーーー」

「どうした!? 大丈夫か!?」


 片方棒読みな悲鳴と同時に、棟哉が勢いよく扉を開けて飛び込む。


「んごっ!?」


 次の瞬間、浴槽側から桶やシャンプーが雨あられと彼に直撃した。


「全部丸聞こえだよ!」

「兄さんならやると思ってましたが……」


 驚きというより、待ち構えていた雰囲気すらある。


「そもそも、そんな危なそうな虫、この家にいるわけないでしょ!」

「兄さん、そのおもちゃ持って出て行って」

「ぐぬぬ……覚えてろよ!」


 小物っぽい捨て台詞を残し、棟哉はおもちゃを握りしめたままリビングへ撤退。


「全く……優斗も、付き合わされたんでしょ? 今なら何も言わないからリビングに戻りな」

「あはは……お言葉に甘えるよ」


 そう言って戻ろうとしたその時――


「……あれ、兄さんって虫のおもちゃ置きっぱなしに――」


 ん? さっき棟哉、おもちゃ持って行ったよな……?


「……まさか!」


 直後、さっきとは比べものにならないほどの悲鳴が響き渡った。


 本物……いたのかよ!?


 僕は慌てて引き返し、ドアノブを掴んだ。


 ――――――――――――――――――――――――――


「ごめん、開けるよ!?」

「ちょ、ちょっと優斗!?」「ヤ、ヤエ先輩!?」


 視線を浴槽に向けないよう下を向きつつ、ドアを開ける。


「うわあああぁ! 動いてるとさらにキツい!」


 叫びながらも、必死に虫を追う。

 ……足が震えてるけど。


 優斗は筋金入りの虫嫌いだ。

 アゲハ蝶が横切るだけでもビクつくレベル。

 それでもここまでやるのは、相当頑張っている証拠だ。


「すぅー……はぁー……よし」

「先輩……まさか」

「そっち、窓あるよね? 開けてくれない?」


 諦め半分、決意半分の声。


「……大丈夫?」

「だ、だいじょぶ……ボク、ムシ、ダイスキ……」


 ……ダメそうだ。


「そぉれッ!」


 思い切って虫を手づかみし、こちらを一瞬だけ見て――


「ふ、伏せて!」

「わかった!」「は、はい!」


 僕らは浴槽に身を沈め、窓からの視界を確保する。


「二度と戻ってくんな、この虫野郎!!」


 虫は勢いよく外へ放り出された。


 ……苦手なのに必死で守ってくれたのは、ちょっと格好良かった。

 けど――


「はぁ……はぁ……あ、あぁ……ああああぁぁぁぁ!!」


 結局こうなる。惜しい。


「む、むし……触っちゃったあああ!! ――って冷たっ!」


 パニックで蛇口をひねったせいでシャワーが作動。


「ゆ、優斗……だいじょ――」

「ああもう! これで洗っちゃえ!」


 ボディソープで必死に手を洗う姿に、詩乃ちゃんが笑みを漏らす。


「あはは……先輩ってこんなに虫苦手だったんですね」

「……そうみたいだね」


 やがて手を洗い終えた優斗が、ぐったりと座り込む。


「大丈夫!?」

「あぁ……ごめん、なんか一気に疲れ……ちゃ――」


 そのまま顔を上げて、僕らと目が合う。


「あ、その……えっと……」


 徐々に視線が下に――


「ちょっと!? どこ見てんの!?」

「ご、ごめん! 出る!」


 勢いよく風呂場を飛び出していった。


「……とりあえず、出よっか」

「……ですね」


 ――――――――――――――――――――――――――


「あ、おかえり……って、びしょびしょじゃないか」


 リビングでは、棟哉がカップ麺を啜っていた。

 憎たらしいほど呑気だ。


「……なんでもない」

「ふーん、まぁいいや……ごちそうさま」


 空のカップを置く棟哉が、小声で耳打ちしてくる。


「(で? 夏音ちゃんの裸は――)」

「私が、何だって?」


 背後からの声に棟哉が硬直。


「ひッ! いや、なんでも……」

「兄さん、正座」


「ハイ……」と小さく返し、正座する棟哉。


「なんで俺だけ……」

「当然だろ! 悪いのは棟哉なんだから!」


「「………」」


 夏音と詩乃ちゃんが無言で僕を見つめる。


「……僕も正座しときます」

「いい心がけだね、優斗?」


 ……今日はたぶん、寝かせてもらえない。

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