#20 友情
私は、優斗の腕の怪我について、自分が知っている限りのことを二人に話した。
その間も優斗は胸に手を当て、俯いたまま。
どこか、別のことを考えているようだった。
一体どうしちゃったんだろう……。
「岡崎のやつがヤエと夏音ちゃんにそんなことを……? 許せねぇ!」
「そんな……酷いです」
水津木兄妹は、それぞれの形で怒りをあらわにする。
「こうなったら今すぐアイツの家に殴り込み――」
「待って!」
棟哉くんが拳を握り、玄関に向かいかけたその時、俯いていた優斗が必死な表情で声を張り上げた。
「ッ! ……お前はいいのかよ……腕をやられて、夏音ちゃんまで危ない目にあって……それをいつも通りのお人好しで許すってのかよ!?」
怒声が廊下に響き、棟哉くんは足を止める。
「違う! 僕だって許せるわけがない! でも……少なくとも今は報復のタイミングじゃないんだ」
「……どういうことですか?」
詩乃ちゃんが首を傾げる。
「……明日の9時、物宮先生が岡崎を連れてうちに来る」
「……そうか。話し合いで解決するつもりか。よし、俺も混ぜろ。一発くらいは殴らないと気が済まない」
さっきまでの剣幕に比べれば落ち着いているが、怒りはまだ残っているらしい。
「……まあ、いてくれると心強いけど……夏音は?」
私としても、人が増えるなら安心できる。
「うん、あたしも賛成。ただ、出会い頭にパンチとかはナシだからね?」
「ああ、そこはわかってる」
――ただ、そうなると詩乃ちゃんは一人になってしまう。
「詩乃ちゃんはどうする? 今回の件は棟哉くんよりも無関係だし」
「私も――」
「いや、詩乃は家にいろ」
詩乃ちゃんは何かを言いかけて、口を閉ざし下を向いた。
「「「「…………」」」」
空気が一気に重くなる。
そんな沈黙を破ったのは、棟哉くんだった。
「……なぁヤエ、この家って部屋空いてるか?」
「え……うん、一つ空いてるけど」
「よし。じゃあ俺と詩乃も泊まらせてもらう」
「え!?」
一番驚いたのは詩乃ちゃんだろう。
「に、兄さん……唐突すぎじゃ……」
「僕は構わないけど……また急だね」
優斗の言葉に、棟哉くんは少し照れくさそうに笑った。
「……なんか、この雰囲気のまま別れるのは嫌でな」
普段は見せない表情に、自然と笑みがこぼれる。
「ふふっ。じゃあ、せっかくだし四人でゲームしようよ。お泊まりゲームパーティ!」
「……うん、それいいね。詩乃ちゃんも泊まっていきなよ、もう外も暗いし」
詩乃ちゃんは少しだけ頬を赤らめて頷いた。
「はい、皆さんがそう言うなら」
少しだけ空気が和らいだ気がした。
「よーし、何のゲームする?」
「マオカは? 盛り上がるよ」
「マオカか……今日こそヤエに勝つ!」
「……ふふ、兄さん、はしゃぎすぎです」
――――――――――――――――――――――――――
「はーっはっは! 今日こそ俺が1位だ!」
「兄さん頑張れー!」
僕と棟哉は今、一対一のレースゲームで勝負中だ。
爆弾、ミサイル、オイル……やりたい放題の過酷なコース。
「勝ったな……!」
「そこで油断するのは早いよ、棟哉!」
僕は温存していた赤い追尾ミサイルを、ゴール直前の棟哉のマシンへ発射。
「うわっ、そのタイミングはズルい!」
「よっし、勝ち!」
ゴールと同時に右腕を高く突き上げる。
「優斗……友達にそれやる?」
「ヤエ先輩……えげつないです」
観客二人の反応はイマイチだ。
「まぁまぁ、本気でやれって言ったのは俺だしな。……でも勝てねぇな。俺、家で結構練習してたんだぞ?」
「僕は昔からからやってるし。年季が違う」
「なるほど……。じゃあ次は四人でやるか! 急に先やって悪かったな」
棟哉が少し頭を下げる。
「私は平気。兄さんがヤエ先輩に挑むのは恒例だし」
「あたしも見てて楽しかったよ。優斗にしては声出してたし」
え、そんな叫んでたかな……?
「あはは、兄さんと遊ぶときのヤエ先輩は、子どもみたいに表情豊かですよね」
「あっ、それわかる! これが素の優斗なのかも?」
……これからは少し気をつけよう。
そう思った矢先、棟哉が小声で話しかけてきた。
「(さっきは悪かった。胸……痛かっただろ?)」
深く頭を下げる彼。
胸倉を掴んだことを気にしているらしい。
「(大丈夫。僕らのために怒ってくれたんだよね? それだけで嬉しいよ)」
「(……そうか、ありがとう)」
頬を掻く棟哉に、こちらも照れくさくなって顔を逸らす。
そんな様子を詩乃ちゃんが指差した。
「あっ! 二人で内緒話してる!」
「えっ、じゃあ両想い!?」
「やめて夏音!?」「やめろ詩乃!?」
――――――――――――――――――――――――――
その後、なんとか誤解を解き、四人で遊び尽くした僕らは、ぐったりとソファに沈んでいた。
「あー……酔いそう……」
「私も……です」
女子組は限界らしいが――
「よし、ヤエ! 次は何やる!?」
「この間買った謎解き脱出ゲームなんてどう? これ、結構面白そうじゃない!?」
「お、いいな! やろう!」
僕らはむしろ元気いっぱいだった。
「あーーー!! もう! あたしら疲れたしもう寝るよ!?」
夏音に言われて時計を見ると、すでに21時前。
「うわ、もうこんな時間か……」
興奮して時間を忘れていたらしい。
「さんせーい。でも俺、小腹が……」
「あたしは気持ち悪いからパス……詩乃ちゃんは?」
「……私もです」
……今度からは控えめにしよう。
けど棟哉に何か出せるものあったっけなぁ。
僕は基本的に買い物をする時は一週間くらいの僕1人分しか買わず、必要以上の食材を置いておかないようにしている。
しかも生憎な事に買いに行く日は土曜日……つまり明日だ。
朝夏音が結構な量の食材を使ってしまい、僕1人分残ってるか正直怪しい。
「どうしよう、何もないかもしれない」
「嘘だろ!? まぁ仕方ないかぁ……」
「あれ、そうなの? 奥の段ボールにカップ麺あったから、それ出すのかと思った」
「それだ!!」
かなり前に懸賞で当たったとか何かでお隣さんから大量のカップ麺を貰ったんだった。
前にも言った気がするが僕はかなりの食わず嫌いでこういった物に手を付けていなかったのだ。
けどお客さんにカップ麺を出すというのも気が引ける。
「……棟哉、それでいい?」
「いやそれで大丈夫だ。案外カップ麵っていけるんだぜ?」
「……兄さん、あんまり身体には良くないので多食はダメですよ」
どちらが年上かわからないやり取りに苦笑しつつ、僕は三人の布団を準備することに。
「あ、そうだ。部屋割りどうする?」
昨日みたいに夏音と同室は無理だ。
……僕の精神的にも。
「私、夏音先輩と一緒がいいです」
「えっ!」「なんだと!?」
夏音の驚きはわかるが、棟哉まで声を上げるとは。
「な、なぁ……詩乃? こうゆう時くらいはお兄ちゃんと一緒に……」
「妹離れして、兄さん」
「そんなぁ!?」
夏音は楽しそうに笑う。
「あはは! 2人はホントに仲良し兄妹なんだね? まぁ棟哉くんは優斗と同じって事で」
「最悪だ!」
「じゃ、じゃあ今日は男女別って事で部屋分けしとくよ……それじゃ」
僕はそう言って別の部屋に向かう。
「あ、俺は先に食うから女子達は先に行ってきなよ」
「それじゃあ、お風呂も夏音先輩と一緒に行きたいです!」
「詩乃ちゃん……わかった、一緒に行こっか!」
夏音はそう言いながら詩乃ちゃんに感動の眼差しを向ける。
良かった……なんとか2人は仲良しになれたみたいだね。
そう思いながら僕は一人で微笑み、奥の部屋に行こうと――
「(ヤエ、行くぞ)」
棟哉が肩を掴み、耳元で囁く。
「(どこに……?)」
「(決まってんだろ……)」
サムズアップと共に――
「(覗きだ!)」
とんでもないことを小声で叫んだ。




