#02 いつもと違う朝
……学校に着いてしばらく経ったのに、夏音の姿がない。
「風邪……かな? でも、それなら僕に連絡くらいはしそうだし……」
彼女はこれまで一度も学校を休んだことがなく、「皆勤賞とるんだ!」と息巻いていたほどだ。
そんな夏音がこの時間になっても来ないなんて、やっぱり普通じゃない。
むぅ……やっぱり戻って様子を見ればよかったかな。
いや、でも……自転車ならまだ間に合うはずだ。
「とりあえず、電話しよう」
僕はスマホを取り出し、階段近くに移動して夏音にかける。
コールは鳴り続けるが、中々出ない。
胸の奥に不安が広がっていく。
――と、その時。
突然コール音が途切れた。
「な、夏音!? 大丈夫?」
『ん……ああ、ゆーと? おはよ。大丈夫かーって……一体どうしたの?』
聞こえてきた声は、いつもの明るさがなく、眠そうというよりは明らかに調子が悪そうだ。
「どうしたのって……もうそろそろ学校始まるよ! もしかしなくても、まだ家にいるの!?」
『へ?』
短く返事をしたかと思うと、受話口の向こうで――バタバタバタッと大きな物音が響く。
『どどど、どうしよう! 完璧に寝坊しちゃった! あたし何も準備してないよ!?』
慌てた声が遠くから聞こえてくる。
おそらく慌てすぎて、その場にスマホを投げ置いてしまったのだろう。
「い、一旦落ち着こう、夏音! 自転車ならまだ間に合うし、慌てるとろくなことにならないよ!」
そうだ、以前も寝坊して空っぽの鞄で来たことがあった。
今回も何か忘れそうだ。
『うわぁどうしよ、髪ボサボサだよ……この際、学校で整えればいいっか!』
……完全に僕の声は届いていないらしい。
『あっ、猫ちゃん落としちゃった! ごめんね……』
おそらくぬいぐるみのことだろう。
妙に悲しそうな声をしていた。
……まあ、この様子なら間に合いそうだ。
僕はそっと通話を切る。
「……スポーツドリンクでも買っといてあげよう」
そう呟き、昇降口近くの自販機へ向かった。
飲み物を手に戻りながら、ふと今朝の夢とさっきの会話を思い出す。
「……今日の夏音、やっぱりただ眠そうってだけじゃなかったよな」
まさか――なんて考えていると、目の前の席に黒髪セミロングの女子が駆け込むように座った。
肩で息をしながら、僕に向かって笑う。
「はぁ……はぁ……お、おはよ」
「あ、あぁ……おはよう、夏音」
僕は買っておいたスポーツドリンクを差し出す。
「わぁ! 買っておいてくれたの!? 助かったよ優斗!」
彼女が嬉しそうに笑ったその数秒後、始業を告げる鐘が鳴った。
「おぉ……ギリギリだったね。そういえば忘れ物は?」
「うん、今回は大丈夫! この通り教科書も――……うぁ」
一瞬、彼女の表情が固まる。
「なにか忘れた?」
「……スマホ、忘れました」
目をそらす夏音の頬が、わずかに赤く見えた。
そういえば電話の時、投げ捨ててたな。
しかも弁当も用意できてないだろう。
うーん……後で僕のを分けてあげるか。
「あはは……まあ、学校なら使わないし、滅多に困らないよ」
冗談めかして言うと、夏音は小さな声で「うん、そうだね」と答えた。
やり取りの最中、緑ジャージ姿の担任が教室に入り、だるそうに告げる。
「よーしHR始めるぞー」
先生がそう声をかけると、クラスの委員長が「起立、礼!」とはきはきとした声で号令をかけた……のだが――
「パッと見欠席はいないな、よーしHR終わりー解散!」
と即終了。
……ほんとにこの人、教師なのか?
――そうだ、朝の様子のこと、昼にでも聞いてみよう。
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あの後、私はまた同じ夢を見た。
今朝以上に鮮明な夢。
……授業中に寝てたことは、もちろん内緒。
「~は~~であるからして~……」
数学の教師が、相変わらず呪文みたいな早口で授業を進めている。
「やば……全然頭に入らない……」
頭痛は今朝よりマシだけど、まだ気分は悪い。
4時限目が終われば昼休み……。
この調子なら、優斗に悩みを話してみるのもアリかも。
後ろをチラッと覗くと――
……寝てるし。
優斗は頬杖をついて、ぐっすり。
……どんな夢を見てるんだか。
私とは違って、きっとくだらない夢だろう。
「うぅ……むぅ……」
……うなされてる?
もしかして優斗も同じ夢を――いやいや、そんな偶然あるわけ……。
「よーし皆、解けたな? 答え合わせ――じゃあ誰か、次の例題を前で解いてみろ」
……早口すぎて聞き取れない。
例題の存在すら危うい。
「「「……………」」」
当然、誰も手を挙げない。
この先生、寝てる人をよく指名するんだっけ……。
優斗は――?