#16 互いの好み
ゲームセンターの中に走っていく夏音を見送った直後、スマホが震えた。
画面を覗くと、グループチャットに一件、新着メッセージ。
『八重桜、篠原を家に泊めるってよ。』
……送られた瞬間、通知の数が一気に跳ね上がる。
バイブレーションが止まらない。
……うん、見なかったことにしよう。
スマホをマナーモードに切り替え、そっとポケットに戻す。
「ごめーん、おまたせー！」
ちょうどそのタイミングで、ブラウスを羽織った夏音が駆け戻ってきた。
慌てて着替えたのがわかるくらい、まだ顔が赤い。
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「ふう、結構休めたかな？」
「うん、そろそろ僕も動けそう」
僕たちはゲームセンターを出てすぐのベンチで、さっきのゲームで使い切った体力を回復させていた。
「そういえば、お昼まだだよね。夏音、何か食べたいものある？」
「え、奢ってくれるの!?」
目をキラキラさせながら覗き込んでくるが――残念ながら、そこまでの財政力はない。
「さっきも言ったけど、それやったら僕の貯金が吹き飛ぶって！」
すると夏音は、わざとらしく残念そうな顔を作りながら、わざと聞こえるようにつぶやく。
「なーんだ、高い焼肉屋でも行こうと思ったのに」
「破産させる気満々だよね!?」
「ははっ、さすがに冗談、冗談！」
……いや、本当に冗談かどうか、僕はまだ半信半疑だ。
「まぁ実際、どうする？ ファストフードなら安いし、そこそこ美味しいし」
「あー、それなら僕も助かるかな」
軽く食べながら雑談するにはちょうどいい。
「じゃ、行こっか。今の時間なら空いてきてるかも」
「そうだね、席は早い者勝ちだし」
そうして僕たちは、モールの1階にあるファストフード店へ向かった。
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「な、何とか座れた……」
「ほんとギリギリだったね。二人分、ちょうど空いててよかった」
お店に着いたときは満席だったけど、注文を済ませて振り返ると、壁際の小さなテーブルがぽっかり空いていた。
私たちは急いでそこに滑り込み、なんとか席を確保する。
「それじゃあ早速食べよっか」
「そうだね、冷めないうちに」
「「いただきます」」
声がぴったり重なって、思わず笑い合う。
私はいつもの――チーズと牛肉パティが2枚ずつ入ったボリュームたっぷりのバーガーに、Mサイズのポテトと白ぶどうジュース。
この組み合わせは鉄板だ。
「うん、やっぱこの組み合わせね！ バーガーの濃い味に、白ぶどうのスッキリ感が合うのよ！」
テンション高めな私を見て、優斗がやわらかく微笑む。
「はは……いつもそれだよね。本当に美味しいんだ？」
「美味しいよ！ あ、良かったら試してみる？」
トレーを差し出す。
いや、むしろ食べてもらう気満々だ。
「いいの？ じゃあ少しだけ……」
優斗はバーガー、ポテト、ジュースの順で一口ずつ。
……あ、これって――
「おぉ、確かに美味しいね。今度自分でも頼もうかな……って、どうしたの？ 顔赤いよ」
「い、いやいや！ 気にしないで！ それより優斗って、ほんと野菜好きだよね……それ頼む人あんまり見ないよ？」
優斗が選んだのは魚フライのバーガーにコーラ、そして珍しいサイドメニュー――カップいっぱいの野菜盛り合わせ。
「いや、これ結構美味しいよ？ ドレッシングも二つ付いてきて、かけて振ると全体に絡んでさ……食べてみる？」
そう言って、フォークに刺した野菜を差し出してくる。
「え、それって……」
「ん？ どうしたの？」
――『あーん』じゃんこれ……。
本人は無自覚っぽいし、断るのも変だし……ええい、行け！
私は勢いでパクリ。
シャキシャキした食感とごまドレッシングの香りが広がる。
「……ホントだ、美味しい」
「だろ？ これが好きでつい頼んじゃうんだ」
「確かに、これはハマるかも」
……やっぱこの子、ベジタリアン寄りだよなぁ。
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僕も夏音もハンバーガーを食べ終わり、残るはそれぞれのサイドメニューとジュースが少しずつ。
――ちょうど、あの件を切り出すにはいいタイミングかもしれない。
「……やっぱポテト、塩味が効いてて美味しいね」
「そっちのサラダも美味しいね。やっぱ今度頼んでみようかな」
おっと、夏音が“いつもの”以外を考えるなんて珍しい。
「夏音がいつもの以外!? 明日は槍が降るかなぁ……」
「ちょ、ちょっとそこまで言う!? 私だって違うメニュー考えることあるよ!?」
ぷくっと頬を膨らませて、じろっと睨まれる。
「あ、ごめん……つい本音が漏れちゃって」
「え、本音!? って、いつもそんなこと考えてるの……？」
さっきまでの雰囲気から一転、今度はちょっと引き気味に見られる。
「いやいや、いつもじゃないよ。今回はインパクトが強すぎただけで……」
「えぇ……そんなに意外だったんだ、私がメニュー変えるの……まぁ、確かに毎回同じだけどさ……」
……あ、なんか落ち込ませたかも。
これは帰ったらちゃんとフォローしないと。
「そ、そうだ！ さっき物宮先生から連絡あったんだけど――」
反射的に、話題を本題へと切り替える。
「ん？ 先生からってことは――」
「僕も細かい話は聞いてないけど、多分あの件。で、今日も家、泊まっていかない？」
「ぇ!? ど、どどういうこと！？」
――やってしまった。
理由を言い忘れた。
夏音、すごく混乱してるし、顔まで赤くなってる。
「ごめん！ 大事な部分抜けてた！ 明日、時間は未定だけど僕の家に先生が来るらしくて、その時に二人揃ってた方がいいから……ね？」
説明する僕まで妙に焦ってしまう。
でも、夏音の表情は徐々に落ち着いてきた。
「な、なんだ……そういうことか。急に言うからてっきり……じゃなくて！ そういうことなら大丈夫だよ」
本当に、表情がころころ変わるなぁ。
「よかった。あの先生なら日付変わった瞬間に来そうだし」
「あはは、流石にそれはないでしょ！」
「はは、それもそうか！」
そんな感じで、冗談混じりの会話を交わしながらランチの時間を締めくくった。
