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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
15/111

#15 嫌な予感

 優斗にお会計を任せて外に出ると、少し遅れて陽織のお母さんが店の中から出てきた。


「……あっ、陽織のお母さん! アイス、とっても美味しかったです。ご馳走様でした!」


 私が頭を下げると、お母さんは柔らかく微笑み、軽く手を振った。


「今さらだけど“陽子”でいいわよ。美味しそうに食べてもらえて嬉しいわ。それに――」


 陽子さんはちらりとお会計中の優斗を見やり、私の耳元にそっと声を落とした。


「(優しそうな彼氏さんね、夏音ちゃんと相性バッチリみたい)」


 その一言で、顔が一気に熱くなる。


「ちょ、ち、違いますってば! あたし達、仲がいいだけで……」

「あら、そうなの? 平日のお昼から一緒に遊びに来てるから、てっきりお付き合いしてるのかと」


 ――そういえば今日、平日だったんだ。


「えっと、その……学校を休んでるのは、ちょっと事情があって……」


 慌てて説明しようとすると、陽子さんが先に口を開いた。


「あの子の左腕のこと、かしら?」

「え!? ど、どうして……?」


 事情を知っているはずのない陽子さんが的確に言い当て、思わず問い返す。


「アイスを食べながらも、時々左腕を気にしてたわ。きっと何かあったんでしょう?」

「目の前にいた私ですら気づかなかったのに……」


 小さく驚きながら呟くと、陽子さんは肩をすくめて笑った。


「あら、それはそうよ~。夏音ちゃんに悟られないよう、見られていないタイミングで触っていたもの。……きっと心配されたくなかったのね」


 そう言って、今度はさらに一歩近づき、いたずらっぽく囁く。


「(もし私でよければ、相手に気付かせずに誘惑する方法とか、教えるわよ?)」

「(――ッ!? だ、だからそういうのじゃないですってば!)」


 顔を真っ赤にして否定する私。


 この人、おっとりしているように見えて結構スゴい人だなぁ……。

 というか、私も何でこんな必死に否定しちゃうのかなぁ!?


「ふふ、若いっていいわねぇ。そうそう、りっちゃんのことなんだけど――」


 言いかけたところで、店内から足音が聞こえてきて、私はそちらに意識を奪われる。


「……あ、ごめんなさい、何か言いました?」

「……いいえ、なんでもないわ」


 陽子さんはさらりとかわす。

そのタイミングで、足音の主――優斗がこちらに歩み寄ってきた。


「あ、もしお話中なら、僕は少し離れてますけど?」

「いえいえ、ちょうど終わったところよ。……二人とも、これからも陽織と仲良くしてあげてね」


 陽子さんは両手を前に揃えて軽く会釈する。


「「はい!」」


 私たちは声をそろえて元気よく返事をした。


 ――――――――――――――――――――――――――


「あの二人、本当にお似合いね」

「ああ……なんだか昔を思い出すよ」


 二人はカウンターへ戻り、穏やかに笑い合う。


「彼は自分を“釣り合わない”なんて言ってたけど……何事もなく幸せになってほしいな」

「……ええ、そうね」


 陽子が少し含みを持たせて答えたとき――


「お会計お願いしますー」


 マスクに帽子、サングラスと、あからさまに顔を隠した男性がレジに現れた。


「はい、注文票をお預かりしますね」


 伊織が対応する背中を見つめながら、陽子は胸の奥にわずかな不安を覚えていた。


「……何事もなければいいのだけれど」


 ――――――――――――――――――――――――――


「さーて! 次どこ行こっか!」


 私は軽く体を伸ばしながら、隣の優斗に声をかけた。


「うーん……じゃあ、本屋とかどう?」

「ダメ! あたし、ああいう所行くと絶対寝るよ」


 活字はあまり得意じゃない。教科書でも小説でも、しばらく読んでると必ず眠気が襲ってくる。


「あぁ……だよね……」


 あ、落ち込んだ。

ちょっと悪いこと言っちゃったかな。


「えっと……あ! じゃあさ、あそこ行こ!」


 私は優斗の袖を軽く引き、ゲームセンターの方向を指さす。


「ゲームセンターか……まぁ、大丈夫!」


 優斗は財布を覗き込み、ちょっと考えてから親指を立てた。


 ――とはいえ、お金ばかり出させるのも悪いし、今日は私も少しは出すつもり。


「よし決まり! じゃあレッツゴー!」


 私は優斗の手をがしっと掴み、そのまま走り出した。


「ちょ、速いってぇ!」


 ――――――――――――――――――――――――――


「はぁ……はぁ……な、つね……もう無理……下半身ちぎれる……」

「ふぅ……まだまだこれからだよ!」


 そう言いながら、私は勢いよくブラウスを脱ぎ捨て、キャミソール姿になる。


「……うわぁ、本気だね……じゃあ僕も――」


 優斗もワイシャツを脱いだ。


 ――――――――――――――――――――――――――


「よっし、フルコンボォ! この曲好きだけど、中々フルコン狙えなかったんだよねぇ……」


 夏音が満面の笑みでガッツポーズを決める。

 ちなみに、今僕たちがやっていたのは『ダンスレインボー』というアーケードゲーム。

 床に四方向の矢印が描かれていて、音楽に合わせてそこを踏むだけ……のはずなんだけど――。


「ゲッホゴホ! あぁ……良かっ、たね……」


 全然“だけ”じゃなかった。

 僕は体力が全くないから、その場にへたり込むのが精一杯だ。

 一方の夏音は、完璧に矢印を踏み切った上に、上半身の振り付けまで入れて踊りきっていた。

 そりゃあ、周囲に人だかりもできるわけだ。

 拍手や「ナイスプレイ!」「アンコール!」なんて声まで飛んできている。


 ……対して僕にかけられるのは「頑張ったねー」とか「次はフルコンだー」。


 いや、余計なお世話だよ……。


 肩を落としていると、夏音が屈み込んできて、手を差し伸べてきた。

 ほんの一瞬、胸元に視線が吸い寄せられてしまい、慌てて目をそらす。


 ――危ない。

 夏音って、スタイルがいいくせに意外とガードが甘いから、こういう時ほんと困る。

 別に嫌なわけじゃないけど……罪悪感が凄くある。


「あはは! 優斗も思ったよりやるじゃん! 最後まで踊りきれるとは思ってなかったよ!」


 本人は全く気にしていないみたいで、心底楽しそうだ。

 さっきの曲、最高難易度に近いらしくて、僕が選んだノーマルですら一段階上のハードくらいの難しさらしい。

 ちなみに夏音はエキスパート。

 軽い気持ちでノーマルを選んだ自分を、今すぐぶん殴りたい。


 差し出された手を取って立ち上がる。


「うん、ありがとう……でも、ちょっと休ませて」

「あ、じゃああたしもう1クレするから、優斗は近くのベンチで休んでて」


 ――まだやるのか、この人……!?

 夏音の底なしの体力には、いつも驚かされる。


「じゃあ、そうさせてもらうよ……外のベンチで待ってるね」


 そう言って手を振り、ゲームセンターを後にした。


「うぁー……疲れた」


 近くのベンチに腰を下ろす。


 これ、下手な体育の授業より疲れたかも……。

 そういえば、今何時なんだろ?


 スマホを取り出して確認すると、13時半。

 お昼時はとっくに過ぎている……のだが――


「うげ、なんだこの通知!?」


 フリタイのアイコンには『99+』。

 間違いなく、あのグループチャットだ。


 ……やばい、完全に放置してた。

 何も言わない方が逆効果なんじゃ……?


 そう考えていると、フリタイから着信が入る。

 表示された名前は「Mr.ぶれいん」。

――物宮先生だ。


 もしかして岡崎のことか?


 少し緊張しながら通話ボタンを押す。


「もしもし、八重桜です」

『あぁ、やっぱり外出てたか。担任の物宮だ』

「あ、お疲れ様です……もしかして家にもかけてました?」


 先生は、少し呆れたような声で続けた。


『どっちも家にかけたが、出なくてな。2人とも居留守を使うタイプじゃないし、もしやと思ったんだが……』

「えっと……どうかしたんですか?」

『いや、外の音からしてゲーセンにいるみたいだな? ……いいご身分じゃないか』


 背筋が凍る。


「す、すみません! 夏音がどうしてもって……」

『ははは、半分冗談だ。ところで明日、2人とも時間あるか?』


 ……やっぱり、ちょっと羨ましかったんだろうな。


 僕は苦笑しながら答える。


「僕は大丈夫だと思います。夏音も多分……後で確認して連絡します」

『了解だ。場所はどうする? 学校でも公園でもいいぞ』


 ふむ……それなら、僕の家が一番いい。

 夏音を泊めれば時間も自由に使えるし、先生も人目を避けられる。


「じゃあ僕の家で。夏音も泊まらせますし、時間は何時でも大丈夫です」

『ふーん、泊まらせるんだ……まあいい。それでいこう。時間は追って連絡する』

「承知しました。では、切りますね」


 『じゃあまた明日な』という声を最後に、通話は切れた。


「明日か……緊張するな」

「ん? 何が緊張するの?」

「うわっ!?」


 顔を上げると、夏音が首をかしげて立っていた。

 ……キャミソール姿のままで。


「ちょっ! 上! 上!」

「え? 上?」


 天井を見上げる夏音。


「違う、服の方!」


 自分のワイシャツを引っ張って見せると、彼女は視線を下げ――


「――ッ!? ご、ごめん! 取ってくる!」


 顔を真っ赤にして、夏音はゲームセンターへ駆け戻っていった。

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