#11 2人の朝
今朝は、珍しく夢を見なかった。
それが、ひとつの騒動が終わったからなのか、それとも――優斗がすぐ隣にいてくれたからなのかは、わからない。
ただ、久しぶりに胸が軽くなるような目覚めだった。
「……優斗の腕、あったかかったな」
ふと、思い出したように昨夜の感触を反芻し、そっと右腕を撫でてしまう。
自分でその行動に気づき、慌てて頭をぶんぶんと振った。
「……よし、お礼も兼ねて、ちょっと頑張らなきゃね」
そうつぶやき、エプロンを借りて着けると台所へ向かい、冷蔵庫を開けた。
中には卵と調味料、それに多めの野菜が入っている。
贅沢はできないけれど、十分形になるくらいの食材は揃っていた。
「よし、じゃあ今朝は……」
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僕はベッドで天井を見上げていた。
「『私ね』って……あの時、何を言おうとしたんだろう」
昨夜、眠りに落ちる直前に聞いた夏音の言葉が、頭の片隅で引っかかっている。
とはいえ、考えても答えは出ないだろう。
それより――と、視線を時計に向けた。
「……平日の8時半。普通なら遅刻確定か」
疲れが出たのか、アラームをかけ忘れたのか、始業時刻までぐっすり寝てしまっていた。
「今週の土日は特に予定入れてなかったし……実質的な三連休になっちゃうや」
……と思ったところで、スマホを手に取る。
フリタイを見ようとして――やめた。
いつもは基本休まない仲のいい男女が土日の前に同時に欠席、か。
絶対ろくな話題になってないよね……。
頭を抱えていると、ふわりといい匂いが漂ってきた。
タマネギの甘い香りに、焼けたベーコンの香ばしさ。
「そういえば……ちゃんと謝っておかないとな」
呟きながら、無意識のうちにベッドを抜け出し、リビングへと足を運んでいた。
「おぉ……これはすごい」
テーブルには、目玉焼きとカリカリのベーコン、彩りよく盛られたサラダ、そして香り立つオニオンスープが並んでいた。
スープの中央にはパンが沈み、その上でチーズがとろけている。
「ふんふんふーん♪」
奥の台所では、体操着にエプロン姿の夏音が髪をひとまとめにして鼻歌を歌いながら包丁を洗っている。
そんな姿は珍しくて、つい見惚れてしまった。
「あ、起きたんだ。二度寝なんて優斗らしくないなぁ」
振り返った夏音は、ほんのり頬を染めているように見える。
きっと鼻歌を聞かれたのが恥ずかしいのだろう。
「あ、あぁ……ちょっと寝すぎちゃって」
本当はもっと複雑な理由だけど、それは胸の中にしまっておく。
「それで、どうよ! これがあたしの修行の成果!」
胸を張る夏音につられ、改めて料理を見渡す。
「いや、すごいよ! 想像の何倍も上達してる」
「えへへ……でしょ? じゃあ食べよっか」
「うん、もう待ちきれない」
二人で「いただきます」と声をそろえ、食事を始めた。
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「あー美味しかった! こんな朝ごはん、久しぶりだよ」
「それなら良かった! 作った甲斐があったよ」
談笑の合間に、夏音がふと尋ねる。
「そういえば病院、いつ行くの?」
「混むのは嫌だし……開いた直後に行こうかな」
その答えに、夏音の表情がぱっと明るくなる。
「あ、じゃあさ! 診察終わったらどこか行こうよ。久しぶりに遊びたい!」
「いいねそれ! 最後に一緒に出かけたの、いつだっけ?」
「うーん……思い出せないや。ま、病院、あたしもついてく!」
――それはちょっと困る。
僕が考えているうちに、夏音がじっとこちらを見つめる。
「あ、今ちょっと嫌な顔したでしょ」
「……そんなことないよ」
「目、そらした!」
そんなやり取りをしているうちに、楽しい朝はあっという間に過ぎていった。
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朝ごはんを食べ終え、私は流しにお皿を運んだ。
今日はこのまま出かける予定だけど……体操着姿のままじゃ、さすがにね。
「そうだ、こんな格好だし、一回家に戻るね。久しぶりにお出かけするんだし、おしゃれしないと! はいこれお皿」
「うん、ありがと……そうだね。じゃあ僕はその間に保険証とか用意しとくよ」
私は洗い物をしながら、優斗に拭き上げをお願いする。
腕に怪我をしているから、あまり無理はさせられない。
「うーん、何着ていこうかな……ねぇね、優斗は?」
「僕? たぶん青色のシャツにジーパンかな」
やっぱりと、思わず笑ってしまう。
「あはは! 優斗、そればっかりだよね。中は白いロゴTでしょ?」
図星を突かれ、苦笑する。
「……やっぱバレてたか。気に入りすぎて、何着か同じの持ってるんだ」
「うわぁ、思ったより筋金入り……」
じゃあ優斗はそれで決まりとして……私は――
「で、夏音は?」
「私は白のブラウスに赤いスカートかな」
「いいね。夏音は何着ても似合うよ」
……っ!
急に何を言うの、この人は!
胸の奥がくすぐったくなって、頬が熱くなるのがわかる。
ほんと……こういうことをさらっと言うんだから。
「へっ!? い、いやいやそんなことないって!」
「いや、それこそそんなことないと思うよ? いつも夏音の私服、似合ってるし」
ますます熱くなる顔を隠すように、わざとそっけなく言い返す。
「もう、そんなこと言っても何も出ないから! ……はい、洗い物終わり! じゃあ行ってくる!」
言い捨てて、私は玄関へ向かう。
このままじゃ顔を見られたら恥ずかしさで死んじゃう。
うわぁぁ……耐えられない……!
背後で、優斗の呆れたような声が聞こえた。
「あっ、ちょっと! ……手拭いてないのに行っちゃったよ」
――――――――――――――――――――――――――
しばらくして、チャイムが鳴る。
玄関を開けると、約束通りの服を着た夏音が立っていた。
僕も、いつも通りの格好だ。
「ごめん、お待たせ。じゃあ行こうか、夏音」
「うん! 楽しみだなぁ」
僕たちは、軽い足取りで病院へ向かった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
11話までやってこれたのも見てくれる皆様がいるからこそです!
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次からも頑張って書きますのでお楽しみに!




