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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
107/111

#107 気になる

 「では、私はそろそろ失礼する」


 物宮先生はそう言って、玄関で一礼した。

 ヒオちゃんも私も「気をつけてください」と声をかけながら見送ったが、胸の奥にまとわりつく不安は簡単に消えてくれなかった。


 先生が話していた「怪しい人影」のこと――まさか本当にそんなことが起きているなんて。


 玄関のドアが閉まる音がして、静けさが戻る。

 ヒオちゃんが小さなため息をついた。


「はぁ~……先生が来てくれたら安心できるかと思ったけど、逆に怖くなっちゃったよ」

「……だよね」


 先生は「念のため注意してほしい」と言っていたけれど、その言葉は私の胸を締め付ける。

 物宮先生の穏やかな口調の裏に、何か深刻な事情が潜んでいるように思えてならなかった。


 ……本当に、ただの偶然なの?


 視線を感じたこと、インターホンの異常、そして先生の話。

 すべてが見えない糸でつながっているような気がして、嫌な予感が消えない。


「……なっちゃん、今夜一緒に寝よう?」

「え、いいけど……ヒオちゃん、怖がりすぎじゃない?」

「だって、怖いもんは怖いんだもん~!」


 そこでヒオちゃんは一瞬言葉を止め、少し真面目な表情になった。


「……それに、なんか――」

「……え?」

「ごめん、変なこと言った。忘れて」


 すぐに笑って誤魔化したけれど、その目はどこか遠くを見ていた。

 私は小さく笑いながら頷いた。


「……うん、確かに少しはね。でも、私がいるから大丈夫だよ」


 お互いを励ますように笑い合い、なんとか不安を和らげようとした。

 それでも、物宮先生の言葉とヒオちゃんの一瞬の表情が、頭から離れなかった。


 ……やっぱり、気になる。


 本当に何かが起きているのだろうか?

 それとも、ただの思い過ごしなのか――。


 ――――――――――――――――――――――――――


「じゃあ、八重桜。またな!」


 岡崎は片手を上げてそう言い、街灯の下を歩いて遠ざかっていった。

 僕と棟哉はその背中を見送ったあと、再びゆっくりと歩き出す。


「……なぁ、ヤエ。あいつが言ってたこと、どう思う?」

「岡崎が言ってたこと?」


 僕は足を止め、棟哉の顔を見る。

 彼は真剣な表情で言葉を続けた。


「先生も怪しい人影とかなんとか言ってたって話だろ? なんか普通じゃねぇよな」

「……確かに」


 僕も岡崎の言葉が頭に残っていた。

 「オカルトかよ」と呆れたように笑ってはいたけれど、その裏にある違和感は拭いきれない。


 物宮先生がそんな話をしていたというのも引っかかるし、今夜の不気味な視線も――偶然で片付けられない気がしていた。


「でも、物宮先生がその話をしてたってことは、先生も何か掴んでるのかもしれない」

「だな……。もし本当に変なヤツがうろついてるなら、お前んとこだけじゃなくて夏音ちゃんたちも危ねぇんじゃねぇか?」


 棟哉の言葉に、僕の胸がざわつく。

 彼の言う通り、夏音たちも危険に巻き込まれる可能性は十分にある。

 だからこそ、僕たちが気を張って見張るしかない。


「……しばらく様子を見よう。でも何かあったら、すぐ動く」

「おう、何かあったら俺がついてんだから心配すんな!」


 棟哉がにっと笑って僕の背中を軽く叩く。

 その明るさに少し気が楽になるが、岡崎の言葉が頭の奥に残ったままだった。


 物宮先生が言っていた「怪しい人影」――その正体は何なのか。

 立ち止まって考えているだけでは、答えには辿り着けない。


「……よし、今日はもう帰るか」

「おう、飯でも食ってスタミナ付けとくか!」

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