表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
106/111

#106 オカルト

「ふぅ……」


 湯気の立つお茶を口に運び、ようやく胸の奥の緊張が少しだけほどけていく。

 ヒオちゃんもカップを両手で包み、「怖かったね~」と小さく笑った。


「……ほんとだよ。でも……気のせい、だったのかも」


 自分に言い聞かせるように呟く。

 その瞬間――再び、玄関のインターホンが鳴った。


「「え……?」」


 私とヒオちゃんは顔を見合わせ、体が固まる。

 ついさっき、モニターには“誰も”映っていなかった。

 頭にその記憶がよみがえり、背筋を冷たいものがなぞっていく。


「な、なっちゃん……」

「……また、誰もいなかったら……」


 ヒオちゃんの声が、ほんのわずかに震えていた。

 けれどその瞳は、不安と同時に何かを探るような色を帯びている。


 意を決し、私たちは一緒に玄関へ向かい、モニターを確認する。


「……あっ」


 今度は映っている。

 そこにあったのは、見覚えのある顔――物宮先生。


「……先生?」


 ヒオちゃんも驚いた表情で画面を見つめる。

「なんでこんな時間に……」と呟く声に、私は「とにかく出てみよう」と答え、彼女を下がらせてからドアを開けた。


 夜気とともに立っていたのは、少し疲れた顔の物宮先生だった。


「すまない、急に訪ねてしまって。少し話をしたいことがあってだな……少しだけ時間をもらえるか?」


 その真剣な眼差しに、私たちは黙って頷いた。


――――――――――――――――――――――――――


「で、八重桜。お前、なんでこんな所でコソコソしてたんだ?」


 岡崎の問いに、僕は一瞬言葉を詰まらせた。

 棟哉が様子をうかがう中、このまま誤魔化すのは難しいと判断する。


「なんか、さっきから変な気配を感じてて……それが夏音たちの方向にも行ってる気がしたんだ。だから心配で後をつけてた」

「気配……? なんだそれ、オカルトかよ」


 岡崎は鼻で笑いかけたが、僕の表情を見て少し態度を改めた。


「……でも、気のせいじゃないかもしれない」

「え?」「はぁ?」


 僕と棟哉は同時に岡崎を見る。


「先生が、そんな話してた気がする」

「先生って……物宮先生?」


 棟哉が驚きの声を上げる。僕も同じだ。


「詳しくは分からないけど、確かにそんなこと言ってた気がする。俺は正直、よく分かんなかったけどな」


 岡崎の言葉が胸の奥に引っかかる。

 もし先生が関わっているなら――あの視線の正体を知っている可能性がある。


「……棟哉、もう少し夏音たちの様子、確認しない?」

「わかった。お前がそういうなら付き合うぜ」


――――――――――――――――――――――――――


 リビングに通すと、先生は「遅くに悪い」と軽く頭を下げた。

 私たちは不安を隠せぬまま、ソファに腰を下ろし、先生の口を開くのを待つ。


「……最近、この近所で妙な報告があってな」


 低い声で切り出す先生に、私の背筋がわずかに伸びる。


「夜中に、得体の知れない人影が出没しているらしい。姿をはっきり見た者もいれば、ただ“見られている気配”だけを感じた者もいる」


 私とヒオちゃんは思わず顔を見合わせた。

 さっきまで背中に刺さっていた視線が、脳裏に鮮明によみがえる。


「……それって、もしかして……さっき私たちが感じた視線のこと、ですか?」

「その可能性は高い」


 先生は真剣な眼差しでうなずく。


「もちろん、偶然や思い込みの可能性も否定はしない。だが、この辺りではここ数日、同じような話が立て続けに出ている」

「……どうして急にそんなことが?」


 私が問うと、先生は一瞬だけ言葉を選ぶように黙り、やがて続けた。


「理由はまだ分からん。ただ、こうした現象は妙に連鎖することがある。だから……君たちが何か巻き込まれていないか気になって、直接確かめに来たんだ」


「……そう、ですか」


 隣でヒオちゃんが小さくつぶやく。

 声色はいつも通り柔らかいけれど、その目がどこか遠くを見ている気がした。


「なんとなく……さっきのは、普通の視線とちょっと違うような……そんな気がしただけです。気のせいかもしれませんけど」


 先生は小さくうなずき、「なるほど」とだけ返す。

 その短いやりとりが、妙に胸に引っかかった。


「……何かあれば、必ずすぐ知らせてくれ。心配しすぎる必要はないが、念のため注意しておいてほしい」


 先生はそう念を押し、私の目をまっすぐ見つめる。


「……はい、分かりました」


 私がうなずいたそのとき――ヒオちゃんはほんの一瞬だけ視線を逸らし、窓の外をちらりと見やった。

 その仕草は……何故か胸の奥がざわめいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ