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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
104/111

#104 動く影……?

「確かめる……って、どうやって?」


 思わず問い返すと、棟哉は口元を吊り上げて笑った。


「簡単だろ。お前が言ってた視線が、夏音ちゃんたちの帰り道に関係してるなら――追えばいい」


 軽口に聞こえる言い方だったが、瞳の奥には冗談だけではない光が宿っていた。


「え、いや……ただの勘違いかもしれないし」

「勘違いかどうかなんて、確かめなきゃ分からねぇだろ? 何かあっても俺がいる。安心しろ」


 あっさり言われてしまえば、否定する理由は見つからなかった。

 確かに気のせいなら笑って終われる。だが、もし本当に何かがあるのなら――。


「……分かった。少しだけ、様子を見よう」


 棟哉は「よし、決まり」と椅子を蹴るように立ち上がる。

 僕も心の奥にわずかな覚悟を作り、別の意味で胸がざわつき始めた。


 ――――――――――――――――――――――――――


 ヒオちゃんと並んで帰り道を歩いていると、ふいに背中を針でつつかれるような感覚が走った。

 先程、優斗が言っていた言葉が脳裏をよぎる。


「ねえ、なっちゃん。ほんとにどうしたの? さっきから後ろばっかり見てるよ」


 少し心配そうなヒオちゃんの声に、慌てて笑みを作る。


「ううん、なんでもない。ただの気のせいだよ」


 口にした瞬間、自分でもその笑みがぎこちないと分かる。

 自然と足が速まり、ヒオちゃんも小走りでついてくる。

 胸の奥のざわめきは消えないままだった。


「なんでもないって顔じゃないよ~。怖いなら言ってよ」

「大丈夫。……ほら、急ごう」


 本当は「怖い」と言いたかった。

 でもそれを口にすれば、途端に現実になってしまいそうで、言葉を飲み込んだ。


 ――――――――――――――――――――――――――


 僕たちは一定の距離を取り、夏音達の後を追った。

 この道は人通りが少なく、夕暮れとは言え街灯が作る明暗の境目がはっきりと浮かび上がる。

 遠くに見える二人の姿を見ながら、棟哉が低く言った。


「で、お前さ……なんで急に視線なんて気になった?」

「急にっていうか……本当に、誰かに見られてる感じがしてさ。振り返ると普通の人しかいないんだけど……」


 棟哉はわずかに眉を寄せて頷く。


「まぁ、気のせいかもしれねぇ。けど、こうしてお前が引っかかってんなら、動く価値はある」


 そのとき、前を歩く天名がふと立ち止まり、暗がりへ視線を送った。

 その目は何かを探すように細められ、まるでそこに“見えるはずのない何か”を見ているかのようだった。

 しかし、彼女はすぐに笑顔を作って夏音に話しかけ、何事もなかったように歩き出す。


 ……今の、なんだ?


 ――――――――――――――――――――――――――


 足が速くなるたび、ヒオちゃんが「ちょっと速いよ!」と声を上げる。

 それでも私は振り返らずにはいられなかった。


 ……やっぱり、誰かに見られてる気がする。


 そんな私の横顔を、ヒオちゃんがちらりと覗き込む。

 そして一瞬だけ背後を振り返り、真剣な表情を浮かべた後、何事もなかったように前を向いた。


「なっちゃん、もうすぐだよ!」


 その声はいつも通り明るかったが、ほんの少しだけ、心ここにあらずの響きが混じっているように感じた。


 ――――――――――――――――――――――――――


 僕たちは街灯の下をゆっくり歩き、夏音と天名を遠くから見守っていた。

 足音を殺しながら、周囲の暗がりに目を配る。

 そんな中、僕の視界の端にふっと動く影が映った気がした。


「棟哉、あそこ……」


 僕が指差した先には暗がりが広がっていて、何かが揺れていたように見えた。

 けれども目を凝らしても何も確認できない。


「なんだ? 風に揺れた草か?」


 棟哉も気を引き締めた様子で辺りを見回す。

 その時、背中に感じた視線が一層鋭くなった気がした。


 なんだ、これ……?


 胸の奥でざわめきが広がり、息が詰まるような感覚が押し寄せてくる。

 まるで何かに見張られているような、そんな錯覚が頭を支配するのだった。

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