#103 視線
4人で賑やかに歩く帰り道。
笑い声が響くはずなのに、ふと背後に妙な気配を感じた。
誰かにじっと見られているような、肌の奥がざわつくような感覚――。
気のせいかと思い、さりげなく後ろを振り返る。
見えるのは、買い物袋を提げた主婦や、自転車をこぐ学生など、何の変哲もない通行人ばかりだ。
……やっぱり、気のせい……かな?
そう思おうとするのに、胸の奥のざわつきは収まらない。
話し声に意識を向けようとするけれど、耳が後ろの気配ばかりを拾ってしまう。
「ねぇ、優斗。どうしたの? さっきから落ち着かないけど」
夏音が眉をひそめ、僕の顔を覗き込む。
その声に棟哉と天名も足を止めた。
「いや……なんか後ろから視線を感じるんだよな」
「視線? 誰かつけてきてるってことか?」
棟哉が首を回して後ろを確認するが、やっぱり普通の人通りだ。
「気のせいだって。昼間っから幽霊なんて出ねぇよ!」
「ちょっと、棟哉くん!? そういうこと言わないでよ!」
天名もちらりと振り返り、「まぁ……そうかもね」と言いながらも、どこか考え込むような表情を浮かべていた。
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優斗が「視線を感じる」なんて言ったとき、胸の奥に小さな緊張が走った。
振り返ってみても、怪しい人物は見当たらない。
それでも――優斗がそう言うなら、何かあるのかもしれない。
……優斗は、冗談でこういうこと言うタイプじゃないし。
でも、気にしすぎても仕方ないよね。
そう返しながらも、背中のあたりがむず痒い。
見えない何かにじっと見つめられているような……そんな妙な感覚がまとわりつく。
「なっちゃん、大丈夫? なんか顔こわばってるよ?」
ヒオちゃんが心配そうにのぞき込む。
慌てて「なんでもないよ!」と笑ってみせたけれど、その笑みが自然だったかどうか、自分でも分からなかった。
結局、帰り道は大きな変化もなく過ぎていく。
男子二人が分かれ道で手を振って去っていく頃には、あの視線の感覚も少しだけ薄れていた。
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帰宅後、僕は棟哉と話しながら台所の電気コンロの前に立った。
昼休みに夏音が提案してくれた「電気コンロの光」を試してみるつもりだった。
……やるしかない。
いつまでも避けてちゃ進めない。
自分にそう言い聞かせ、スイッチに手を伸ばす。
カチ、と小さな音がして、円形のヒーターがじわじわと赤く染まり始めた瞬間――体が固まった。
「……ッ!」
胸が締め付けられ、額に冷たい汗がにじむ。
視界の端で、あの日の炎の色と揺らぎが重なり、心臓が痛いほど脈打つ。
すぐに棟哉がスイッチを切ってくれたが、僕は壁に手をつき、浅い呼吸を繰り返していた。
「優斗、大丈夫か?」
「……ごめん。やっぱり、まだ……無理だ」
悔しさで喉が詰まる。
「少しずつ慣れる」なんて言ったくせに、何一つ克服できていない自分が情けなかった。
「焦んなって。今日はここまでにしとけ」
「……ああ、ありがと」
座布団に腰を下ろし、タオルで額の汗を拭う。
そして、帰り道に感じた「視線」のことが、ふと頭をよぎった。
……やっぱり、気のせいじゃない気がする。
胸の奥のざわつきが消えない。
そんな僕を見て、棟哉が口を開いた。
「おい、ヤエ。また考え込んでるな?」
「……あのさ、帰り道で感じた視線、まだ気になってて」
棟哉は一瞬だけ真顔になり、「……なら、確かめてみるか」と静かに言った。




