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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
103/111

#103 視線

 4人で賑やかに歩く帰り道。

 笑い声が響くはずなのに、ふと背後に妙な気配を感じた。

 誰かにじっと見られているような、肌の奥がざわつくような感覚――。


 気のせいかと思い、さりげなく後ろを振り返る。

 見えるのは、買い物袋を提げた主婦や、自転車をこぐ学生など、何の変哲もない通行人ばかりだ。


 ……やっぱり、気のせい……かな?


 そう思おうとするのに、胸の奥のざわつきは収まらない。

 話し声に意識を向けようとするけれど、耳が後ろの気配ばかりを拾ってしまう。


「ねぇ、優斗。どうしたの? さっきから落ち着かないけど」


 夏音が眉をひそめ、僕の顔を覗き込む。

 その声に棟哉と天名も足を止めた。


「いや……なんか後ろから視線を感じるんだよな」

「視線? 誰かつけてきてるってことか?」


 棟哉が首を回して後ろを確認するが、やっぱり普通の人通りだ。


「気のせいだって。昼間っから幽霊なんて出ねぇよ!」

「ちょっと、棟哉くん!? そういうこと言わないでよ!」


 天名もちらりと振り返り、「まぁ……そうかもね」と言いながらも、どこか考え込むような表情を浮かべていた。


 ――――――――――――――――――――――――――


 優斗が「視線を感じる」なんて言ったとき、胸の奥に小さな緊張が走った。

 振り返ってみても、怪しい人物は見当たらない。

 それでも――優斗がそう言うなら、何かあるのかもしれない。


 ……優斗は、冗談でこういうこと言うタイプじゃないし。

 でも、気にしすぎても仕方ないよね。


 そう返しながらも、背中のあたりがむず痒い。

 見えない何かにじっと見つめられているような……そんな妙な感覚がまとわりつく。


「なっちゃん、大丈夫? なんか顔こわばってるよ?」


 ヒオちゃんが心配そうにのぞき込む。

 慌てて「なんでもないよ!」と笑ってみせたけれど、その笑みが自然だったかどうか、自分でも分からなかった。


 結局、帰り道は大きな変化もなく過ぎていく。

 男子二人が分かれ道で手を振って去っていく頃には、あの視線の感覚も少しだけ薄れていた。


 ――――――――――――――――――――――――――


 帰宅後、僕は棟哉と話しながら台所の電気コンロの前に立った。

 昼休みに夏音が提案してくれた「電気コンロの光」を試してみるつもりだった。


 ……やるしかない。

 いつまでも避けてちゃ進めない。


 自分にそう言い聞かせ、スイッチに手を伸ばす。

 カチ、と小さな音がして、円形のヒーターがじわじわと赤く染まり始めた瞬間――体が固まった。


「……ッ!」


 胸が締め付けられ、額に冷たい汗がにじむ。

 視界の端で、あの日の炎の色と揺らぎが重なり、心臓が痛いほど脈打つ。


 すぐに棟哉がスイッチを切ってくれたが、僕は壁に手をつき、浅い呼吸を繰り返していた。


「優斗、大丈夫か?」

「……ごめん。やっぱり、まだ……無理だ」


 悔しさで喉が詰まる。

「少しずつ慣れる」なんて言ったくせに、何一つ克服できていない自分が情けなかった。


「焦んなって。今日はここまでにしとけ」

「……ああ、ありがと」


 座布団に腰を下ろし、タオルで額の汗を拭う。

 そして、帰り道に感じた「視線」のことが、ふと頭をよぎった。


 ……やっぱり、気のせいじゃない気がする。


 胸の奥のざわつきが消えない。

 そんな僕を見て、棟哉が口を開いた。


「おい、ヤエ。また考え込んでるな?」

「……あのさ、帰り道で感じた視線、まだ気になってて」


 棟哉は一瞬だけ真顔になり、「……なら、確かめてみるか」と静かに言った。

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