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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
102/111

#102 元通り

「……ほんと、棟哉くんって余計なこと言うよね」

「それは言えてる……」


 その瞬間、ようやく肩の力が少し抜けた。

 こんな軽口を交わせる時間が戻ってきただけで、胸の奥のもやもやが少しずつ薄れていくのを感じる。

 昼休み、さっきの棟哉の大声と茶化しのおかげで、なんとなく空気が柔らかくなっていた。


 軽く笑い合ったあと、夏音と目が合う。

 どちらからともなく、口を開くタイミングを探している――そんな沈黙が、なぜか少し心地いい。


「……そういえばさ、昨日の唐揚げの話の続きだけど、あれってほんとに水津木家のお母さんの?」

「あ、うん。棟哉の家に泊まったときにさ、翌日の分まで作ってくれて……」


 話題が弁当に戻ると、自然と会話のリズムが生まれた。

 夏音が「それならまた作ってほしいな~」と、目を細めて笑う。

 その笑顔に、僕もつられて笑みがこぼれる。


 やっぱり――夏音が笑ってると、僕は安心する。


「あ、それでさ、今日の体育って結局何やるんだっけ?」

 ふと夏音が話題を変える。

 声にはまだ少し硬さが残っていたけど、以前の夏音に近い響きだった。


「えっと……確かバスケじゃなかったかな? 体育館の予定表に書いてあったよ」

「バスケかぁ。楽しみ! 優斗は?」

「僕にそれ聞く……? 球技は全般ダメだよ……。まぁ今日は棟哉が目立つだろ」


 そんなやり取りの間に、昨日までの妙な距離感は少しずつ薄まっていく。

 棟哉がわざと大げさに反応してくれるのも助かった。


「なんだよ! 俺が目立つってどういう意味だ!」

「だって、棟哉ってさ、無駄に張り切るじゃん」

「無駄ってなんだよ! 俺はチームのために全力出してんの!」


 ムキになる棟哉の様子に、僕も夏音も笑ってしまう。

 天名まで加わって、さらに笑いが広がった。


 ほんの少しのぎこちなさは残っているけど、もうほとんど日常だ。

 この調子なら、夢のことなんて忘れて普通に過ごせそうだ――そんな予感がした。


 ――――――――――――――――――――――――――


 唐揚げの話をしている優斗の笑顔が、いつもより少し柔らかく見えた。

 昨日は夢のせいで変に意識してしまったけど、こうやって話していると「いつも通り」がちゃんと戻ってきているような気がする。


 ……あたしも、もっと普通にすればいいだけなのに。


 ふと、一昨日にアロマキャンドルを渡したときの優斗の顔を思い出す。

 そのときの彼の表情が気になって、つい口にしてしまった。


「そういえばさ、一昨日渡したアロマキャンドル、どうだった?」


 弁当箱を閉じながら軽く尋ねると、優斗は箸を止めて少し考え込む。


「んー、正直、火があるってだけでちょっと怖かったかも。でも、香りはすごく良かったよ」


 その言葉に、私は小さく眉を寄せる。


 やっぱり……火はまだ、彼にとって特別なんだ。


「そっか……じゃあ、もっと違う方法も考えないとね」

「ごめんね。でも、少しずつ慣れていきたいから……次は何か簡単な方法、ないかな」

「うーん……じゃあ、マッチとかライターじゃなくて、電気のやつから始めるのはどう?」


 私がそう提案すると、優斗は少し首をかしげた。


「電気のやつ?」

「ほら、アロマランプとか。火じゃなくて電球の熱で香りを出すやつ。あれなら安全だし、火を見るよりは気持ちが楽なんじゃない?」

「ああ……なるほど。それなら試せそうかも」


 優斗の声がほんの少し明るくなった気がして、私もつられて口元が緩む。


「それで慣れてきたら、次はキャンドルの火をちょっとだけ……とかね」

「段階的に、か。……うん、その方が自分でも安心できそう」


 優斗は箸を置き、少し真面目な表情になった。


「夏音、ありがと。なんか……一人で考えてると、どうしても不安の方ばっかり大きくなってさ……」

「そんなの当然だよ! だから、一緒に考えよ?」


 自然と笑い合ったその瞬間、さっきまで胸の奥にあった重たい感覚が、少しだけ軽くなった気がした。


 ――――――――――――――――――――――――――


 昼休みが終わると、午後の授業はあっという間に過ぎた。

 帰りのHRで先生が不在だったせいで、クラスはざわつき気味。

 委員長が「今日はもう解散!」と手を振り、僕たち4人は自然に一緒に下校することになった。


 帰り道、電気のアロマランプに挑戦する話を思い出し、少しだけ不安がよぎる。

 でも、隣を歩く夏音がこちらを見て言った。


「優斗、無理しないでね。怖かったらすぐやめてもいいんだから!」

「ありがとう。でも……少しずつでも慣れていきたいんだ」


 自分でも驚くくらい真剣な声が出た。

 それは決意というより、願いに近かった。


 ――――――――――――――――――――――――――


 優斗の横顔には、まだわずかに緊張の色が残っていた。

 火の代わりに電気だとしても、彼にとって「灯り」を使うことがどんな意味を持つのか、私にはすべてを理解できない。

 それでも――その一歩を支えたいと思う。


 そんな空気を、まるで割るように棟哉と陽織がいつもの調子で言い合いを始めた。


「おい陽織ちゃん! そんなにケラケラ笑ってっと、道の真ん中でつまずくぞ!」

「水津木! また変なこと言ってるでしょ! ……なっちゃんも何とか言ってよ~」

「え、えーっと……ヒオちゃん、落ち着こう?」


 やり取りが可笑しくて、つい吹き出してしまう。

 横を見ると、優斗も口元をほころばせていて、その笑顔がほんの少しだけ彼の硬さを和らげているように見えた。


 昨日までのぎこちなさは、ほとんど消えていた。

 胸の奥にまだ小さな影は残っているけれど、私はその影ごと抱えながら、優斗と並んで歩き続けた。

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