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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
100/111

#100 考えすぎ

 昼休みになり、僕は自分の席で弁当箱を開いた。

 目の前の夏音が、いつものようにくるりと僕の方へ向き直り、弁当箱の包みを解いている。

 本来なら「いただきます」と笑い合い、昨日の出来事やくだらない話をするはずだった。

 でも今日は、言葉が喉に引っかかったまま出てこない。


「……いただきます」


 小さな声が耳に届いたが、どう返せばいいのか分からず、僕はただ黙って箸を動かす。

 視界の端には、俯きがちな夏音の横顔。

 箸先が唐揚げをつつくたびに、胸の奥でやけに強い鼓動を感じた。


 ……なんで、こんなに意識してんだ、僕。


 夢の中のあの光景――柔らかい空気、耳に残る声、布団越しの温もり。

 全部がまだ鮮明に残っていて、現実の夏音と重なってしまう。


「……優斗、その唐揚げ美味しそうだね」


 不意にかけられた声に、心臓が一段と跳ねた。

 顔を上げると、彼女が箸を持ったまま僕の弁当をちらりと見ている。


「あ、うん。これ、昨日水津木家のお母さんが作ってくれたやつ。……食べる?」

「あ、いいよいいよ! ただ気になっただけ!」


 ほんの一瞬、ぎこちない笑みを交わす。

 だけど、すぐにまた沈黙が戻ってきてしまった。


 ……何なんだ、この空気。


 ――――――――――――――――――――――――――


 昼休み、いつものように優斗の前に座り、弁当を広げた。

 でも、何を話せばいいのか分からない。

こんなこと、一度もなかったのに。


 あたしが意識しすぎてるだけ……普通にすればいいだけなのに……。


 何度も自分に言い聞かせても、夢の中の優斗の声や温もりが消えない。

 目の前にいる彼の存在が、やけに近く感じてしまう。


「……いただきます」


 口にしてみたものの、返ってきたのは小さなうなずきだけ。

 そのまま気まずい沈黙が続く。


 ……話題、話題……何か……。


 思い切って彼の弁当を覗き込み、ぽつりと声を出した。


「……優斗、その唐揚げ美味しそうだね」


 小さな声だったけど、優斗はすぐに顔を上げた。


「あ、うん。これ、昨日水津木家のお母さんが作ってくれたやつ。……食べてみる?」

「あ、いいよいいよ! ただ気になっただけ!」


 笑顔を交わしたのは一瞬だけ。

 すぐにまた沈黙が降りてきて、胸のもやもやは消えないままだった。


 ――――――――――――――――――――――――――


「あいつら、一緒に飯食うのはデフォなんだな……」


 席で弁当を広げながら、ちらりと二人の様子を伺う。

 普段なら賑やかな声が聞こえるのに、今日は妙に静かだ。


(いつもなら夏音ちゃんが軽口叩いて、ヤエが突っ込むのに……)


 箸を止め、二人をじっと観察する。

 ぎこちない間と、時折交わす短い会話。

まるで距離感を測り合っているようだ。


(……お前ら、何あったんだよ)


 気にはなったが、今は突っ込まずに様子を見ることにした。


 ――――――――――――――――――――――――――


 帰り道、夏音、天名、棟哉と並んで下校する。

 いつもなら、棟哉のどうでもいいネタに天名がツッコミを入れ、夏音が笑いながら加わって――そんな騒がしい帰り道になるはずだった。

 けれど今日は、耳に入ってくるのは僕たちの足音と、街路樹を揺らす風の音ばかり。


 横目で夏音をうかがっても、彼女は前を向いたまま何も言わない。

 僕のほうも、声をかけようとしては飲み込むばかりだ。


 ……話さなきゃ。

いや、でも何を……?


 沈黙がじわじわと重くのしかかってくる。

 そんな空気を破ったのは、棟哉だった。

耐えきれないといった様子で、肩越しに振り向く。


「おい、お前ら、いったいどうしたんだ?」


 ――――――――――――――――――――――――――


 帰り道も、ほとんど会話がないまま歩いていた。

 優斗の横顔が何度も視界に入り、そのたびに胸がざわつく。

 夢の中の光景が、ふとした拍子に蘇ってきて、言葉を発しようとする舌が固まってしまう。


 そんな時、前を歩く棟哉くんが急に足を止め、振り返った。


「なぁ、お前ら、いったいどうしたんだよ?」


 思わず立ち止まり、優斗と視線がぶつかる。

 不意の視線の重なりに、心臓が跳ねた。


「実は……私、変な夢を見ただけで……」

「え、えっと……妙な夢を……」


「え?」「へ?」


 ほぼ同時に言葉を発し、互いに顔を見合わせたまま固まる。

 空気が一瞬止まった後――


「はぁ? 夢ぇ? そんなの気にすんなよ! 夢は夢だろ!」


 ――――――――――――――――――――――――――


「……夢は夢か。そうだな」


 自分でも驚くほど素直に、そう口から出た。

 横を見ると、夏音も安堵したように小さく頷いている。


 その後は、まるで水面に小石を投げ入れたように、会話がぽつぽつと広がっていった。

 棟哉がくだらないモノマネを始め、天名が「やめなさいって!」と笑いながら突っ込む。

 その笑い声に、僕も自然と笑みがこぼれた。


 さっきまでの重苦しい沈黙は、風に溶けるように消えていく。

 夢のことは胸の奥にしまっておこう。

 でも、こうして少しずつでも、いつもの日常に戻っていけるなら――それで十分だと思えた。

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― 新着の感想 ―
100話おめでとうございます!棟哉の存在ってやっぱいいよなと思いながら読ませていただきました。突然の感想、失礼いたしました。
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